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ミャンマーへの旅行 〜ヤンゴン到着編

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       (ヤンゴンのシュエダゴォン・パヤー)

1月末にいったん日本へ帰国し、2月16日から3月3日までミャンマーへ旅行に行った。以前から行きたい場所がミャンマーにあったのと、国そのものにも興味があったし、昨年の3月頃にも旅行を計画したが日本で最も有名なガイドブックに雨期だと書いてあって諦めたのだがそれは実は間違いで、乾期に入ったばかりの旅行にいい季節であることを知ったせいもある。また、ミャンマー観光政策により、通常なら必要なビザが日本人と韓国人は今年の秋まで要らないので便利だとも思った。

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キャセイパシフィックで香港乗り継ぎ、夜中にヤンゴン空港に到着。いつもなら後進国への到着に真夜中の便は選ばないが、安全な国と聞いていたのでこれにし、実際、とても安心できる雰囲気だった。

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今やガイドブックよりもネット上にある旅行者の口コミの方が正しく、詳しく、かつ分かりやすいことの方が断然多いので、大いに参考にさせてもらった。ただ、それらでは見つけられなかった深夜着の場合の空港での両替だが、ターンテーブルから荷物を受け取ってビル内へ出たら右へ進み、最も奥に深夜でも空いている両替窓口がある。ふつうどの国でも空港での両替はレートがめちゃくちゃ悪いが、ミャンマーだけは別。国をぐるりと回って感じたことだが、ミャンマーはどこで両替しても(たとえ銀行で両替しても)レートはほとんど変わらない。

なお、最も両替しやすいUSDだが、100ドルの旧札は扱ってくれないところがあるので、要注意。

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      (シュエダゴォン・パヤーには、42トンもの釣鐘がある)

また、携帯シムは、夜中のヤンゴン空港では店が閉まっていて買えない。私は到着した翌日、日中にヤンゴンの街中で入手。ホテルで聞いても携帯ショップで聞いても、みんな口を揃えて勧めてきたのは「MPT」のシム・カード。私はミャンマーをぐるり旅することを前提に尋ねたのだが、実際ここのシム・カードで、よほど辺鄙な場所でない限り、ネットも電話も繋がらないところはなかった。

ちなみに、とてもとてもとても安い(笑)。
30日間有効のSIMカードで1500チャット。これ、日本円にして110円ぐらい。
5Gバイト分のデータ通信料で5000チャット。これ、日本円にして370円ぐらい。
5Gバイト分を買っても実際に使えるのは3.5G分だったけど、そんなことに文句をつけようと思わないぐらい安い(笑)。


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(ボーヂョーアウン=サン・マーケットで見かけた愛らしい子供の尼僧さんたち)

つまりネットを含む携帯使用に関しては、ミャンマーは日本で1日あたり1000円もするような契約をしていくべき国ではない(ほとんどの国がそうだけど。日本は高すぎる)

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(街中で売られていた料理用の鳥・・・)
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もっとも、ミャンマーではなんでも安い。
一般的な「ホテル」のレストランで、お酒を飲まなければ女1人500円ぐらいで食べられる(お腹を壊すのが怖いので街中のレストランでは食さなかった)。
お酒を飲んだって、例えば欧米なんかでは一杯2000円ぐらいするモヒートでさえ500円ぐらい。タバコのウインストン(JT製)は一箱約80円。なんと、ヤンゴンと空港間を結ぶバスなんて、500チャット(約35円)!!

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ちなみに、エリアによるのか施設の設備によるのかは分からないが、ヤンゴンのような大都市でさえ、水はよくない。透明無色に見えても、洗面所のシンクに貯めると薄茶色になるところがあった。くれぐれも、水道水は飲まないように。ミネラルウォーター(大ボトルで20円〜25円ぐらい)をいちいち買うのは面倒だけど、お腹を壊すよりはずっとマシである。

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              (再び、シュエダゴォン・パヤー)














# by yukaashiya | 2019-03-29 16:40 | 帰国編 | Comments(0)

イヴェットとの出会い

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3ヶ月暮らしたパリでの思い出の中で、イヴェットとの出会いはとても大きい。彼女は私が借りたアパートメントの大家さん(女性)のいとこ(故人)の奥さんで、大家さんが地方に住んでいるため、部屋の賃借人が何かしら対応して欲しい時にパリに住んでいるイヴェットがしてくれることになっている。それで知り合ったのだが、初対面の日から「ウマが合う」ことは、お互いに感覚としてすぐに感じた。ただし、イヴェットは英語がわからないし、私はフランス語が全くわからない。会話が成り立たない間柄にありながらもとてもフィーリングが合い、イヴェットは私を何度も食事に誘ってくれた。
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食事の時はいつも、彼女の若い友人アレクシア(27歳)が一緒に来てくれて、英語が話せる彼女が通訳をしてくれたし、アレクシア自身もとても優しく知的で親切な女性である。
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これはイヴェットのお家へ招待してくれた時のシーン。イヴェットの亡きご主人の姪ごさん夫妻も一緒に楽しんだ。フランスのトラディショナルなケーキもいただき、とてもとても楽しいひと時だった。

いつも驚いたのは、若く見えるものの72歳のイヴッェトが、食事に出かけた時や彼女の家に招待してくれた時でさえ、私の家までわざわざ迎えに来てくれて、かつ帰りは私を家まで送り届けると言ってきたことだ。初めて食事に行った時はその言葉に甘えたものの、それ以降は特に帰宅時はそれを当然、断った。1人でバックパックで各国を旅するような私に、そんな心配は不要だと言って。だけど彼女は「パリは危険だから」と言ってなかなか聞かなかった。イヴェットの家を訪問した時は、やはり往きは迎えに来てくれてそれに甘えたが、帰りは車で来ていた彼女の姪御さん夫妻が私を送ってくれると言ってくださって、それでようやく私を私の家まで送り届けることを引き下がったぐらいだった。イヴェットは今の時代、信じられないぐらい親切なのである。

もう1つ驚いたことは、2人きりの時、言葉が通じないとわかっていても、フランス語で話しかけてくることだった。私はそれがわからないながらも、たまにはジェスチャーや英語と似た発音の単語によって、彼女が言いたいことがわかることもある。その機会を逃すまいとするかのように、イヴェットは疲れも見せずずっと話しかけてくれていた。
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パティサリーを経営していてとても忙しい身ながら、しかも90代のお母さんが骨折したりして大変な中、何度も楽しいひと時を作ってくれたイヴェットに、心から感謝している。彼女はなんと、私がパリを離れる日、シャルル・ド・ゴール空港まで、送ってくれもした。そしてパリを離れて1ヶ月半経つが、今も時折近況をメッセージで伝えてくれる。私たちのフレンドシップはきっと、一生続けていけるだろう。彼女のような人に出会えて、彼女のような友達ができて、私はとてもラッキーだしとても幸せだ。






# by yukaashiya | 2019-02-15 19:40 | フランス生活編 | Comments(2)

パリでの年末年始の思い出

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               (ノートルダム寺院)

クリスマス・イヴからお正月明けまで、11日間にわたってイギリスから彼が滞在しに来てくれた。うち1日半ぐらい彼は仕事をしたけれど、毎日一緒に出かけ、ほとんど毎日一緒にランチかディナーを作り、クリスマスとお正月をずっと一緒に過ごせたのは、2人にとって貴重な体験になったと思う。

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クリスマス・イヴの夜は、彼が七面鳥を料理してくれた。私のパリのアパートにはオーブンがないので丸焼きはできなかったけど、彼は料理に対して臨機応変なので、フライパンで焼いてくれたのだった。グレイビー・ソースまで作れちゃうからすごい。だって私、作れないもの(笑)。そしてこの後は、イギリスから持って来てくれた英国のクリスマス・プディングをデザートにいただいた。

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マドレーヌ教会へは、クラシック・コンサートを聴きに行った。教会はホールのようなつくりをしていないので音響はいまいちだけど、一緒に音楽を楽しめたことが良かった。

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コンサートの前には、2人のお気に入りのレストランでステーキ・ディナー。ここは「Le Castiglione Cafe」で、カフェと言いながらもステーキとボトル・ワイン、デザートを頼めば2人で2万円ぐらいする。でも、美味しいしおしゃれ。この期間、私たちは3回も行った(笑)。
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年末のある日は、ヴェルサイユ宮殿へ。わたしも彼もそれぞれ随分以前に行ったことがあるが、思い立って行ってみたのだった。電車の中の装飾までヴェルサイユ宮殿を思わせるパネルになっていて、ここがいかに大きな観光資源になっているかが分かる。駅前のレストランでゆっくりランチしていたら午後3時を回ってしまい、宮殿前に着いた時にはものすこぐ長い行列。相当時間がかかりそうだったし2人とも以前に入場したことがあるので、庭園を散策して楽しむことにした。

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大晦日の夜は、彼のパスタ料理を堪能。ワインはマルゴーを奮発してくれて、贅沢なひと時を味わった。料理してくれる恋人がいると、ホント幸せだよ(笑)。

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大晦日の夜は、サクレ・クール教会前へ。我が家から歩いて行けるし、シャンゼリゼ通りは黄色いベスト運動のジレ・ジョーヌ(黄色いベスト(運動))を厳戒した体制になっていると聞いていたので、モンマルトルの丘からパリの街が一望できるこちらへ来たのだった。ここから花火を見られるだろうという算段だ。ところが・・・花火が打ち上げられたのはたった数回。めちゃショボかった(笑)。

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元日は再びモンマルトルの丘へ登り、予約しておいた2人のお気に入りのレストランへ。日本人と欧州人の、お正月の過ごし方の違いも知って面白かった。

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お正月の2日目は、ルイ・ヴィトン美術館へ。エゴン・シーレ展をやっていたからだった。美術館の作りも格好良かったし、

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エゴン・シーレの絵もどれも素敵だった。

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絵を楽しんだ後は、美術館内部にあるカフェで、モエ・エ・シャンドンのシャンペンで新年に乾杯!

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この他にもたくさんのカフェやレストランへ行ったが、最後の夜は家の近所のレストラン(Le Bistrot de Madeleine)へ。ここのステーキもとても美味しかった。・・・が、近所のレストランといっても、とても高かった(汗)。

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             (パリ市庁舎)

彼の帰る日は、マレへ行ってレストランでシャトー・ブリオンをいただき(2人の好物!!)、ピカソ美術館へ。わたしの知らなかったピカソの作品をここで知ることができて、とても興味深かった。

彼の滞在中、3日に一度ぐらいの割合で喧嘩に類似したことが起きたけど、二人とも大抵、翌日には持ち越さないタイプだし、いろんな話もできて、思い出に残る年末年始になった。




# by yukaashiya | 2019-01-19 00:25 | フランス生活編 | Comments(0)

Happy New Year!!

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# by yukaashiya | 2019-01-05 01:14 | フランス生活編 | Comments(0)

パリでのアパート

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この冬は、1月末までの3ヶ月をパリで暮らしている。部屋はAirbnbで借りることも考えたが、手数料が不動産会社に払うよりも高くつくし、たまたまコンタクトを取った部屋主が傲慢なイメージのする人(女性)だったので嫌気がさし、結局、不動産会社のネットで探し、借りることにした。いわばワンルームマンションのような感じだが、30㎡ぐらいあって、それなりに広々としている。

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ナポレオン3世が労働者階級の人のために建てた歴史ある建物で、中庭を囲んで3つのアパートが建っている。パリでは歴史的な建物に専用の看板が備わっているが、この建物もその1つである。周囲はとても安全かつ活気のあるエリアで(夜はとても静か)、オペラ座まで歩いても20分ぐらいの便利な地域にある。

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これはキッチン・エリア。日本の障子をイメージさせる、上部だけにレールのついた引き戸が備え付けられていて、日本人にはぴったり(?)。英国人の彼の方が、私よりもこれを気に入っているけれど(笑)。

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12月に入ると、入り口にはクリスマス・ツリーが飾られ始めた。昨年のミラノのマンションもそうだったけどライトもちゃんと付けられて、住人みんなでクリスマスを楽しもうとする姿勢は、キリスト教徒の多い国ならではのような気がしている。






# by yukaashiya | 2018-12-23 23:09 | フランス生活編 | Comments(0)