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チチェン・イツァの聖なる泉(セノテ) / 中南米旅行の締めくくり(ついに・・・)

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日本のほぼ裏側に当たる中南米を訪れて、早3ヶ月が過ぎた。ロンドンへ戻ってもうすぐ3ヶ月になろうというのに、旅行記を終えていないこの体たらく(笑)。今日はやっと、その最後である。

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メキシコのチチェン・イツァ・ツアーには、セノテ(聖なる泉)訪問も含まれていた。もともと有名な泉は観光客が多過ぎて情緒が味わえないそうで、最近開発されたというセノテ「X-Cajum」へツアーは私たちを連れて行ってくれた。

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とても洒落たつくりで、石造りのこんな椅子のオブジェも見ているだけで楽しい。

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上部から見たセノテ。ユカタン半島は密林の湿潤地帯だが、川はないらしい。ただ、石灰岩質の土壌のため、雨は全て地中に染み込んで地下に水の溜まる空洞を作るらしい。その空洞の地面が陥没してできたのがセノテなのだと、ガイドブックには書いてある。

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美しく開発されたここは、セノテへ降りて行く階段もこんなに洒落ている。
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こちらは逆に、下から見た写真。

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そして視界は、こんな風に開ける。泳ぐこともできるのだ。

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1ヶ月で中南米の中の9ヶ国を駆け足で回った旅は、この美しいセノテを見て幕を閉じる。

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メキシコ・メリダの街からは、メキシコの首都メキシコ・シティ、そして米国のロスを経由して日本へ戻った。夜中の2時半起き、4時半にはメリダの空港に着いて、6時発の便でまずメキシコ・シティへ向かう。デルタ航空を利用したのだが、スポーツバッグ1つ預け入れで、500ペソ(約3000円)も取られた。そのうえその際、「メキシコへバスで入国しているからメキシコからロスへ飛ぶ際にメキシコ・シティの空港で100ペソのペナルティを徴収される」と言われた。なぜなぜなぜ。

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実際にはそんなもの徴収されなかったが、心臓に悪い(笑)。ちなみに、メキシコ・シティで国際線に乗り換える時、パスポート・コントロールはなかった。イミグレーションカードを回収されただけで、出国スタンプはナシ。米国といいメキシコといい、それでいいんでしょうか(笑)。

ロサンゼルスに到着したのは、正午。関西空港へ飛ぶ便は、夜中の1時半発。そう、13時間の待ち時間が発生。ロスへ着くまでの便にはもっと遅い時刻のものもあったのだが、中南米の飛行機は結構遅れたりキャンセルになったりするので早い時刻の便を押さえたのだが、ロスの空港では荷物を預けられるロッカーも預け入れ所もなく(多分、安全のため)、街へ買い物に出るのは断念。コーヒーを飲んだりピザを食べたり本を読んだりベンチで寝たりして(笑)、チェックインまでの11時間をすごしたのだった。チェックインしてやっとラウンジでゆっくりできると思ったら・・・予約していたエア・チャイナ、搭乗時刻の10分前にラストコールをするという暴挙に出た(!)。そんな航空会社、見たことないよ(笑)。

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旅は人生の縮図のような面があって、それまで経験したことないようないろんな体験ができますな。いい体験もあるけど、多くは心臓に悪いことだけど(笑)。

記憶ではグアテマラの空港だったと思うけど、到着してからパスポート・コントロールへ向かうまでの通路には、「入国の際、パスポートにちゃんとスタンプが押されたかどうか確認して下さい」という看板がいくつもあった。疲れ果てていた私は、搭乗客に確認させるんじゃなく職員の指導をちゃんとせよとぶつくさ言いながら歩いたのを覚えている(笑)。

最後の写真は、メリダの町のメキシカン・レストランでのもの。案内された席のすぐ前でタコスを作る実演がされていたので、作っているおばさんに写真を撮ってもいいかと尋ねたら快諾してくれた。カメラを向けるとちょうどその時、右に立っているウエイターがおばさんに話しかけたのだが、おばさんは彼を怖い顔で叱り、「今から写真を撮るんだからあっちへ行け」とばかりに、ウエイターを手で追い払った(笑)。ウエイターはウエイターで、そばに立って彼までポーズをとってくれた(笑)。


中南米の旅で最も苦労したのは、移動の手段とプランの組み立て。日本人の中南米への旅行者の絶対数が少ないのと、日本人は大抵、私が今回計画した旅程とは逆周りをするからなおさらだ。旅ブログ(QUE SERA SERA)(こっちも全然更新していないけど・笑)の方に今回の旅程と移動手段を記しておくので、私と同じ周り方を考えている人がいたら、参考にしていただければ幸いです。





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by yukaashiya | 2017-09-04 01:34 | 旅行編 | Comments(0)

チチェン・イツァ・ツアー(ダジャレでなく・笑)

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          (エルカスティージョ/スペイン語で「城」「城壁」)

中南米を巡ってきた最後の訪問地は、マヤ文明の聖地「チチェン・イツァ(泉のほとりのイツァ人の意)」。旅を終えて2ヶ月も過ぎるとさすがに書くのがメンドーだけど(笑)、旅の記録としてせめて写真は残しておこう。良いガイドに恵まれて、良い訪問ができたしね。

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ホテルにブッキングを頼んだツアーは8時間ほどで、たったの5252ペソ(約3000円)。入場料は別途、242ペソ(約1500円)だった。ホテルの送迎付き、英語のガイド、しかもランチ付き! 幸運にもとても知識が豊富なガイドで、人柄も良かった。ツアーの成否は、観光物そのものよりもガイドにかかっていることを、改めて感じたほどいいガイドだった。

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エルカスティージョはピラミッド様式の神殿で、かつ四面すべてに階段がある。しかも蛇の頭があるこの北側の階段は、一年に二度、春分と秋分の日に蛇の羽が影になって現れるという。また、階段はそれぞれ91段あり、×4面で364、プラス頂上にある神殿を合わせると365。つまり1年の日数を表しているのだ。これが9世紀に造られたものだというから、なお驚く。

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こちらは敷地内に残っている建物の柱だが、ガイドによると丸い柱は低い身分の人たちの建物、アッパークラスの人々の家の柱は四角なんだそうだ。

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そのガイドさん、私をホテルへ迎えに来て名前を確認した時、なぜか「チバ」と呼んだ(笑)。リストを見てすぐに言い直していたけど、最近参加した日本人がその名前だったのか、過去によほど印象的だった日本人参加者が「チバさん」だったんだろう。
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ツアー中も、何度か「チバ」と言っては、「アシヤ」と言い直していたもの(笑)。外国人にとって私の名字は発音し辛いことを知っているので、「ユカでいいよ。ユカタン半島のユカ!」と言っても、もしかするとメキシコでは客に対して失礼にあたるのか、彼は名字で呼ぶことにこだわっているようだった。

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でもね、最後には、私の名前は「アチバ」になったもんね(笑)。チバとアシヤを足してアチバ(笑)。
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グレーのボロシャツを着ているのが、そのガイドさん。真面目に説明するだけでなく、チチェン・イツァを「チキン・ピッツァ」とダジャレを言うなど、参加者を楽しませてくれる人だった。もしアナタがここへ行って彼に会ったら、「日本のアチバがよろしくと言っていた」とお伝え下さい(笑)。

それではあとは、写真をどうぞ(笑)。
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(ドクロ彫!)

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by yukaashiya | 2017-08-29 02:29 | 旅行編 | Comments(0)

メキシコ・メリダの街

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         (メリダで泊まったブティック・ホテル「Koox Art57」)

中南米旅行最後の地は、メキシコ・メリダにした。メキシコ・シティはとても危険で、メキシコ人でさえいくのを躊躇すると聞いたし、最後の観光目的地チチェン・イツァへ行くにはカンクンでも良かったのだが、カンクンからだとバスで3時間、メリダからだとバスで2時間で行けるというのもあった。そして何より、メリダの街の中心地はスペイン植民地時代の面影を濃く残していると聞いていたからだった。現代的ビルが林立している場所には興味がない。歴史を散策で味わいたいのだ。

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パレンケからADOのバスで約8時間。このADOバスは大手で、パレンケでのターミナルも立派だったし、バスも新しくて綺麗、トイレもちゃんと使えて(あっても使えないバスが中南米では多い)、2人の運転手はどちらもとても紳士的で、時間もオンタイムで、とにかく何から何まで快適だった。

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宿泊先のブティック・ホテルも味わい深くて良かった。到着が朝6時半頃でチェックイン時刻まではかなりあったのだが、ダイニング・エリアでコーヒーを出してくれて、部屋の用意ができたからと10時頃にはもう部屋へ入らせてくれた。こういう臨機応変さや柔軟性は、とても心地よい気分にさせてくれる。ホテルを探している時、植民地時代に建てられたとても趣のあるホテルを実は気に入っていたのだが、過去の宿泊者のレビューに「掃除がきちんとされていない」というのが多かったので、そこをやめてここにしたのだった。結果オーライ。

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メリダの街に着いてから、記憶の片隅からふと、子供の頃に感じたことを思い出した。遠い昔、世界地図をみながら、この辺りにいつか絶対に行ってみたい、と思ったのだ。なぜなら、ここはユカタン州。そう、「ユカ」タンだから(笑)。子供の頃の何気ない夢ではあるが、それを大人になってから旅の巡り合わせで叶えていることに、人生の不思議さを感じた。

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スペインの植民地だったのは、1500年代からの約300年。これはメリダの街の中心地にある、ユカタン半島最大の大聖堂。

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中心部はとてもこじんまりとしていて、広場を軸にぐるりと歴史的な建物が立ち並んでいる。これはその1つで、「モンテホの家」。

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写真で見るより実物の方がずっと味わい深く、思わず立ち止まって見入ってしまった。1549年の建築で、ユカタンを征服したF.モンテホ氏が財力を生かして建てたものらしい。

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この彫刻は、ちょっとコワイけど(笑)。

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広場には州庁舎もあり、自由に内部を見学できる。

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マヤ文明をテーマにした27の壁画があるし、おそらくダンス・ホールだったであろうこの部屋はギャラリーになっている。

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たまたま、何かの写真撮影が行われていた。
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広場を囲む建物の回廊から見た風景。観光用の馬車があって、それがこの景色に彩りを添えていた。

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広場には、こんな洒落たベンチも。恋人同士がおしゃべりしている風景は、まさしく絵になっていた。
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アーケードもある。
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周辺はスペインや欧州をイメージさせる建物が結構ある。野口英世が黄熱病の研究をした病院(オーラン病院)がメリダにはあるらしいが、乗合バスで10分かかるというので、行くのをヤメた。旅の疲れはもうピークに達していたのだ。

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それでせめてもと中心部の散策は色々としてみた。
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先に書いたようにこじんまりとした中心街だが、スペイン統治時代の、かつ美しく保たれている建物は、十分に楽しむことができた。ただ、お土産を買うようなお店は、ここでは土産物店以外では難しい。それで、大きなマーケットがあると聞いたので、何か洒落たものでメキシコらしいものが見つからないかと、そこへ行ってみた。

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・・・うっく。東南アジアで見る発展途上国のマーケット同様でしたあ。それにしても不思議だ。南米も含めて、発展途上国のマーケットや売られているものは、大体世界共通なんだもの。時には、暮らす人々の風貌も。どんなに離れた国でも、また人種さえも超えて、作るものや欲するものが、人間は共通しているということなのかもしれない。




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by yukaashiya | 2017-08-14 23:34 | 旅行編 | Comments(0)

パレンケ遺跡

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メキシコのパレンケ遺跡は、マヤ古典期後期を代表する遺跡。800年ものあいだ人々に忘れ去られていたが18世紀にスペイン人宣教師によって、ジャングルの中で発見された。世界遺産にも登録されている。ぜひもので行きたかった遺跡の1つで、場所が不便ながら中南米はバスが発達しているので訪れることができた(鉄道はほとんどない)。

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そのパレンケ遺跡のおかげだけで賑わっているような小さな町が、パレンケの町。約1ヶ月をかけての中南米の旅も終盤に差し掛かり、疲れがピークに達しつつあったここでは、とにかく移動が便利な宿を取ることにした。パレンケ遺跡へのバスが宿の斜め前から出発し、かつグアテマラのフローレスから移動してきた時と、パレンケの後に向かうメキシコ国内メリダへ向かうバスの乗降に便利な場所で、いわば安宿に宿泊した。

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            (木にこんなに真っ赤な花が咲く)

部屋もバスルームも広くて清潔で、Wifiサクサクでベッドも悪くなく、それでいて1泊2500円ぐらいだったから、こういう安宿なら悪くない。ここへの移動を共にしたフランス人は「僕には高い」と言って彼は1泊数百円の宿を探しに行ったけれど(笑)。

パレンケは、遺跡へ向かう乗り合いバス(約20分)が20ペソ(約120円)、遺跡がある公園へ入るための入場料32ペソ(約約190円)、遺跡への入場料70ペソ(約420円)と、何でも安かった。ただし、メキシコの街中では現在アメリカ・ドルは全く使えなくて、両替しなくちゃいけない面倒臭さはあった。

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      (遺跡のある公園には、こんなトロピカルな花も咲いている)

1つ苦心したのは、宿のスタッフがやっぱり英語を全く理解できないことだった。なぜなら、発つ日のバスは夜10時発だったので、チェックアウト時刻を延長して欲しかったのだが、最初に対応してくれた若い女性が、紙に時刻と提案料金を書いてさえも理解できないようだった。

どう書いたかははっきり覚えていないが、たとえば

check out on 2nd June at11am / 400 peso → check out on 2nd June at 9pm / 600peso

というふうに書いて、この金額でチェックアウト時刻を変えてくれないかなと尋ねてみたのだ。だけどその若い女性スタッフはチッェクアウトは午前11時で料金は400ペソと繰り返すばかり。全くラチが開かず、夕方になれば別のスタッフが来るというので、その人を待つことにした。夕方に来た年配の女性スタッフはやはりスペイン語しか話せなかったが私の書いたメモですぐにこちらの要求していることを理解してくれて、金額はもう少し上がったものの、やっと交渉成立。言葉が通じないというのは、本当に不便である。

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さて、パレンケ遺跡だが、このように公園の敷地内にある・・・と書いて、そのあともずっと写真アップロード&説明を書いたのだが、あと少しで終わりというところで、ページがクラッシュ! Exblogって、これがたびたびあるのよね。そのためここまではコピーを繰り返していたので貼り付けられたけど、あとは今日はもう疲れたので、写真だけでご勘弁を。以下、パレンケ遺跡でーす。

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おっと、ここはジャングルの中だけあって、けっこう蚊がいる。マラリアに感染する危険性があるので、長袖やスプレーで防御することを強くお勧めしておく。一般的な日本のものは効かないが(多くの東南アジア国でも日本の虫除けは大抵効かない)、私はディート30%の「サテラクト30」というミストを買って持って行き、その虫除けはしっかり効いてくれた。

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by yukaashiya | 2017-08-13 05:41 | 旅行編 | Comments(0)

騙し取られた「出国税」という名の詐取金

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グアテマラのティカル遺跡を観た次に、目指すはメキシコのパレンケ遺跡。朝3時半に起きて5時発のバスに乗り、ボートで国境を越えてメキシコへ入り、再びバスに乗ってパレンケの町へ向かう。計9時間の旅だ(最終的には10時間かかった)。が、飛行機の便はこの間にないので、仕方ない。グアテマラ側の道路は日本人が「悪路」と呼んでいるようだが、要は舗装されていない道で、車両や運転手によっては乗り心地がひどいかもしれない。

わたしの場合は、車両こそ15人乗りぐらいのミニバスで古かったけど、助手席に座らせてもらえたことと、運転手が蛇行運転にはなるものの通る箇所を選びながら走ってくれたので、道中で爆睡したほど道の悪さを感じなかった(笑)。ちなみに、運転手は70歳ぐらいの男性だった。

バスは、ホテルに迎えに来てくれた。愛想もへったくれもないドライバーだったが、グアテマラ側でサヨナラする時に握手を求めて来てくれた(笑)。日本の外務省の海外安全ホームページではグアテマラ全土がレベル1の「十分注意してください」だったが、印象としては、グアテマラ人は往々にして人の良さが感じられる国民性のようだった。

ふと思い出したのが、隣国コスタ・リカから飛行機でグアテマラ入りした時(飛行機は40分の遅延)、わたしがカバンに入れていたバナナが入国時の荷物検査で引っかかった。持ち込んじゃダメなんだそうだ。担当係官は「食べて行けば」と笑う。「ここで?
いいの?」「そうしなよ」ってんで、わたしはフローレスの空港の荷物検査場で立ったままバナナを食べた(笑)。ふつう持ち込み不可のものを持ち込もうとした場合は無愛想に没収されるだけだから、こんな国、多分ほかにはないと思うよ(笑)。

メキシコ・パレンケへのバス&ボートの旅で助かったのは、同乗したフランス人旅行者がスペイン語を話せたこと(同乗者は1人だけだった)。彼は1年半をかけて南米〜中米を旅しているそうで、英語もスペイン語も堪能。バスの運転手やボート乗り場のスタッフも全員スペイン語しか話せなかったので、彼がいなかったらどうすればいいか分からなかった局面がたくさんあったもの。

それでも2人とも騙されたのが、グアテマラを出る時に支払わされた出国税。40ケツァルか5ドルを払えと出国審査時に請求されたのだ。グアテマラの場合、飛行機を使って出国する場合は空港で出国税(US$30)が請求されるが、陸路移動では発生しない。なのに、請求されたのである。

払わなきゃいいやん、と思うでしょう。だけど、ごねたり払わなかったりして、パスポートを返してくれなかったり出国を拒否されたり、あるいはちゃんと持ち歩いて審査時にも提出した入国カードをそんなもの受け取っていないと言われたりしたら後が大変なのである。だから審査場にいるお役人達は、旅行者相手に詐取できる。5ドル(約550円)という安い金額だし、陸路移動している旅行者たちは大抵がそのあと旅を続けるから、いちいち役所へ行って訴えたりしないだろう。そんなことに、貴重な時間を割きたくないからである。そうして、悪ははびこる。

ところで、日本政府が海外へ出る旅行者に対して出国税を設ける案を持っているようだが、出国税なんてものを徴収しているのは、発展途上国の、そのまた一部だけであることを、ここに記しておこう。

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          (メキシコ・パレンケの町)



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by yukaashiya | 2017-08-04 02:05 | 旅行編 | Comments(0)