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ブリティッシュな遊び心

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レオナルド・ディカプリオがついにアカデミー賞でオスカーを受賞した。発表前日の昨日の英国のニュースでは、オデオン(ODEON)のタイトルに彼のオスカー賞受賞を祈念して「レオデオン(LEODEON)」と、「LE」の文字が加えられたと報じられていた。しかも元々ある「O」の文字を含めて「LEO」は金色で彩られていた。

オデオンは英国を拠点とする大きな映画館チェーンで、そのなかでも中心的存在のここはロンドン中心部にあるレスター・スクエアのオデオン。ディカプリオといえば英国映画なら「タイタニック」が代表的である。とはいえ、彼はアメリカ人。今回の受賞作だってアメリカ映画である。それでも彼の受賞を祈ってこんなことまでしちゃうなんて、なんて遊び心があるんだろう。

オーストラリアはイギリス人が拓いた国であるが、他国からもたくさんの移民があって多国籍国家といっていい。ただ、生粋のオーストラリア人と接していると、英国人と接しているような錯覚に陥ることがある。特に、柔軟な対応があった時と会話の最後にジョークを加えてくる時である。昨日もそうだった。

メルボルン郊外にチャドストーンという大きなショッピング・センターがあると聞き、メルボルン中心部からそこへ行くための無料シャトル・バス(Volvo製ですごく快適だった!)に乗った。運転手は50代と思しきオーストラリア人女性で、道中、通常通っているらしき道が混んでいると見るや、すぐに方向転換。変えた先の道はいくつもの公園が連なるエリアで、そこを通っているあいだ、彼女はマイクを通してバスガイドまでしてくれた(笑)。

彼女は運転席で音楽を流していた。これは欧州の長距離バスではよく見る光景で、これが運転手の気分転換や眠気覚ましになるのならいいと思う。音量は小さいが、最前列に座っていたわたしと、通路を挟んでやはり最前列に座っていた中国人の20代の女性2人組には聞こえていた。ホイットニー・ヒューストンのI'll always love youが流れるとそのうちの1人がサビの部分を真似て歌い、運転手はおもしろがって彼女らに話しかけ、「映画(ボディ・ガード)観た?」などと会話が弾んでいた。こういうシーンも、日本でもあってもいいんじゃないかなあ、こういうことがあると日本ではやっぱクレームに繋がっちゃうのかなあなどと考える。

1つびっくりしたのは、交差点を横切る時に彼女が何度も鳴らしたクラクション。白人社会ではクラクションを聞くことは滅多になく、だからなおさら驚いた。前方を見るとイベント会場側に渡ろうとしていた群衆(まさに群衆だった・笑)は歩行者用信号が赤になっても延々と歩き続けていたのだった。それで運転手がたまりかねてクラクションを鳴らしたわけだが、そのあと彼女が車内に向けてしたアナウンスに感心した。「みなさんも、みなさん自身の安全のために信号はちゃんと守りましょうね」彼女はそう言ったあと、こう付け加えたのだ。

「次の誕生日を迎えるために」

「そして、クリスマスもね」

ちょっとした一言。気配りとか気を利かせてとかそういうものではなく、ちょっとした遊び心から出て来るような一言。それが自然に出て来るようになるには、常日頃がおおらかな気持ちでないと浮かんでこないものだと思う・・・わたし? わたしはまだまだ、です(笑)。


余談だが、この日に「群衆」が向っていたのは「日本なつまつり」イベント。ステージでは和太鼓の演奏や唄があり、日本の伝統芸能を伝えるのにふさわしいとてもいい舞台だった。場内では着物や浴衣の販売やウチワに好きな漢字を一文字入れてあげるサービスがあったり(有料)、オーストラリアの大学と姉妹提携があるのかTAKASAKI(だったと思う)大学のテントでは子供たちに折り紙を教えてあげるなど、日本の文化を知ってもらおうとする姿勢がとてもよく感じられる内容ばかりで、日本人の1人として嬉しく感じられるイベントでもあった。
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by yukaashiya | 2016-02-29 20:05 | オーストラリア編 | Comments(0)

100年以上前の「罪と罰」

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これはメルボルンの中心地にある「オールド・トレジャリー・ビルディング」。ルネッサンス様式を復活させた19世紀の建物で、デザインしたのは若干19歳の若者だったという。若者にチャンスを与える意識は、明らかに英国から持ち込まれた精神である。彼自身(John James Clark)、イングランド・リヴァプール出身らしい。彼はのちも、オーストラリアで数々の素晴らしい建物を建てている。

ここでは1998年5月26日に創設された「ナショナル・ソリー・ディ(National Sorry Day)」のことや(先住民族の子供たちを彼らの親たちから引き離したことを謝罪する日)、ヴィクトリア州のゴールドラッシュで沸いた時期からそのあとまでの19世紀のことなどもよく知ることができる。

メルボルンの発展は1850年代のゴールドラッシュが基盤にあり、しかしそれが過ぎた1880年代には景気が後退して多くの人々が職を失った。1900年以前のヴィクトリア州には何の福祉支援もなかったこと、そういう時代背景において売春ビジネスがはびこったことなども知ることができる。

刑務所には、自暴自棄になった女性たちが食料を得るために、あるいはシェルターとして活用するために、またあるいは治療を受けたいがためにわざわざ悪事を働いて捕まえられることを望んだこともあったようだ。驚いたのは、「そんなことで刑務所に入れられていたのか」という内容もあったことである。考えたら、その時代には交通事故なんて大してなかったろうし、殺傷事件も現代とは比べ物にならないほど少なかっただろう。100年以上も前となると、窃盗が主な事件だったようである。女性の逮捕者とその内容、罪の重さなどが記されていた資料があったので、何例か挙げてみる。

マーガレット 65歳・・使用人、窃盗、1ヶ月の収監
アリス 29歳(アイルランド出身)・・働きもせず手に負えない無法者、6ヶ月の収監
ランダー 34歳(シドニー出身)・・使用人、殺人行為、6ヶ月の過酷な労働
セシリア 28歳・・会社員、社内での窃盗、6ヶ月の過酷な労働
エレン 48歳(スコットランド出身)・・使用人、窃盗、1ヶ月の収監
ラウラ 25歳(タスマニア島出身)・・使用人、暴行、1年の過酷な労働
キャサリン 38歳(アイルランド出身)・・盗まれた小切手を受け取った罪、6ヶ月収監
マリー 30歳(ニューサウスエェールズ州出身)・・婦人服の仕立て屋、傷害、1年の過酷な労働

最後に書いたマリーは傷害にしては課された罰が厳しいが、彼女はそれまでにも夫を刺して6ヶ月収監されたこともあれば、そのあとにも偽名を使って不正行為を働いたり、大酒飲みで問題を起こすなど、何度も事件を起こしていたらしい。

*苗字は省略、出身地を書いていない人はメルボルンのあるヴィクトリア州出身
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by yukaashiya | 2016-02-27 21:29 | オーストラリア編 | Comments(3)

オーストラリアのスラング(俗語)

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(メルボルンは都市のど真ん中にこんなエリアもある)

オーストラリア英語とイギリス英語やアメリカ英語との違いは、以前も書いたように第1がアクセント。次に「スラング(俗語)」の多いことにある。たとえばオーストラリア人は、バーベキューのことを「バービー(The Barbie)」という。オーストラリア人が「バービー」と言えば、人形のバービーではなくバーベキューを指しているのだ(笑)。

また、オーストラリア人(語)を「ストライン(Strine)」というそうだ。「オーストラリアン」をオーストラリア英語の発音にするとAwstrineになるそうで、それが短縮されてstrineになったらしい。

スラングはめちゃくちゃ多いので、いくつかだけ挙げておこう。

・Arvo(アーヴォウ)・・・午後。afternoonを短縮したものらしいが、どう短縮すればこの造語になるのだろう(笑)。

・Anything under the sun・・・意味は「anything」と同じ。白人は全く「太陽」が好きである(笑)。

・Tops (トップス)・・・素晴らしい(It's great !)

・Good oil・・・有益な情報。良いアイデア。

・Buck・ley's (バックリーズ) chance・・・ 絶望的


それでは今日はこのへんで、Hooroo(フールー/またね。バイバイ)!
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by yukaashiya | 2016-02-26 19:55 | オーストラリア編 | Comments(0)

イギリスで不倫をすると・・・

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(我が家から歩いて5分のヤラ川沿いでは、結婚式もしているらしい)

日本の国会議員の金銭問題や失言・暴言はあとを絶たず、国民の1人として情けなくもあり、日本国民として恥ずかしくもある。若い頃は出身国を聞かれて「日本」と答えることに誇りのようなものさえあったが、いまでは口にしたくない時さえある。最近での最たる「事件」は、安倍総理のアサド政権への資金援助で、安倍総理はシリアで起きていることをちゃんと把握していないことがよく分かった(知っていながら資金援助していたのだとしたら恐ろしいことである)。

ロンドンで野々村議員の号泣会見をテレビで見た時は、部屋で1人で見ていたにも関わらず赤面してしまった。こんな議員が国民に選ばれ国会にいることが他国で、しかもアメリカと共に世界を引っ張っている国のニュースで流れたのだから、日本国民にはその時のわたしの気持ちを理解してもらえるだろう。 (訂正/県議会議員でしたね。すみません。しっかし・・県議会議員の会見が一場面にしろ外国で流れるなんて、よほど「珍奇」だったのだなあ。それは日本国民にとってもそうだけど・笑)

国会議員として初めて育休を取るのだと息巻いていた議員の、奥さんの出産間際の不倫と家への連れ込みも情けない。しかも先輩議員の中には「議員をやめるほどのことではない」とかばっていた人がいるというから驚く。

同じ時期、イギリスではある精神科医が医師登録を抹消された。その医者はオズボーン財務省の末の弟で、39歳の既婚者。患者の女性と不倫関係になっていたことが判明し、医師業務を行う適性を損なっていると判断されたのだった。彼は以前にも女友達や家族のために虚偽の処方箋を出して半年間の停職処分を受けていたから、それも加味してジャッジされたのだろう・・・患者との不倫で医師登録抹消は、厳し過ぎると思うけれど(笑)。

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(ヤラ川沿いにはヘリ・ポートもある)
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by yukaashiya | 2016-02-25 10:33 | オーストラリア編 | Comments(0)

「Let's ◯◯◯ cha!」

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先日書いた地球環境保全と維持をテーマにしたイベントには2度行った。

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2度目に行ったのは日曜日で、家族連れもたくさん見受けられた。木で作った小屋で遊ぶ子供たちが、とても楽しそうだった。

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展示物は、プラスチックを再利用して作ったバッグや小物だったり、自転車を漕ぐことによって作れる馬力だったり、食器を洗うのに足りる水の実践方法だったり、全てテーマに沿ったものだった。これは掃除機で有名なダイソンの自転車で、車やバス、電車などではなく、自分の足を使うことによって電気や燃油などを使わないようにしようということだろう。

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これはこの日、わたしが最も楽しみにして行ったイベントで、チラシや牛乳パック、ペットボトルなどの廃材を利用して「パピット」(人形)を作りましょうという、子供向けのワーク・ショップ。子供たちに何をどんなふうに教え実践させるのか、それはその国の生活や文化を知る1つの手だてになる。

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参加していたのは、日本で言うところの幼稚園から小学生ぐらいの年代。数時間のワーク・ショップだけでの触れ合いであっても講師はちゃんと名前のタグをつけており、パピットには指人形や操り人形などいくつかの種類があるがそれらを一方的に教えるのではなく子供たちに考えさせ、作り方のいろんなヒントも与えつつ、やはり子供たち自身に創造させる。

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日本だと「ゆるキャラ」とか「漫画ちっくなもの」がこういう時に登場しそうなものだが、ああいう類いのものは少なくとも白人社会では全く可愛いものでもなく興味を持たれるものでもなく(一部のオタク・ファンはいるかもしれないが)、たとえばこのパピットなんて「アイン・シュタイン」である。講師が「これは誰でしょう」と聞いて「アイン・シュタインです」と答えられる小学生にも驚いたが、と同時に、子供の頃からこういうワーク・ショップで学ぶ場面でさえこうなのだから、さまざまなことに対する知識が日本と白人社会では違うのに頷けた。

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これは場内にあったオーガニックの飲み物テント。オーガニックそのものよりも、売っているお姉さんを見て、「“違い”を受け容れる」ことに、わたしは重きを置いた(笑)。

違いといえば、地球環境をテーマに映画を製作した女性監督がアメリカから招かれており、彼女のトークショーがあったので覗いてみてびっくりしたのは、トークショーの終盤、司会者が「どなたかご質問は」と聞く前から頃合いを見計らっていたのか、観客から質問があがったことだ。そのままQ&Aコーナーに入り、お開きの時間が来て司会者が止めるまで質疑応答が続いた。これは場内で行われていた他のトークショーでも同様で、参加者はみな実に積極的である。

おそらくこれは教育環境の大きな違いで、彼らは子供の頃から自分の思考をまとめ言葉にすることや、積極的な発言、疑問を残さないよう教育される場でずっと学んできている。イギリスの学校へ中学の途中から大学まで通ったアジア人の友人も言っていたが、授業が終わっても生徒たちは先生を質問責めにするぐらいらしい。時には議論に発展することもあるという。だからか彼らが社会人になって、たとえば選挙について街頭インタビューをされた場合、彼らはしっかり持っている自分の考えをうまくまとめてそれに答える。答えられる。日本の教育も単に知識を詰め込んだり計算したりするだけでなく、考え、それをまとめ、それを意見としてしっかり述べられる人づくりが必要なのではないだろうか。

トークショーのこの場面でもう1つ感じことは、質問する人はみんな「シドニーから来たアリスです」など、質問する前に必ず住んでいる場所と名前を自ら告げていたことだ。そこに、誠実さや発言(質問)への責任感が感じられた。

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いろいろ考えさせられたこのイベントで、最後は吹き出しそうになった場面があった。それが、これ。これもオーガニックの飲み物なんだろうなあなんて勝手に想像していたら、よくよく見ると「KOMBUCHA」と書いてある。「こんぶ茶」だ。いろんな国で「抹茶」や「緑茶」は見たことがあるが、「こんぶ茶」は初めてである。

しかも売り子のお兄さん、「Let's kombucha!」と大マジメな顔をして声を張り上げている。

しかもこの「Let's Kombucha」、日本人なら「こんぶ」を平板で、「茶」を下げて発音するところ、このお兄さんは「こ」にアクセントを置いて言うものだから、すっごく妙な感じ(笑)。試してみて。

ちなみに、この屋台も廃材を使って作ったものらしい。それはあまりにも変、というところが1ヶ所ある(笑)。お探しあれ。
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by yukaashiya | 2016-02-20 12:05 | オーストラリア編 | Comments(0)

「人種差別をやめて下さい」

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先日の日曜日、いつも多くの人でごった返しているフリンダース・ストリート駅前の交差点で、こんなプラカードを持って道路の真ん中に立っている男性がいた。

「人種差別をいますぐやめて下さい」

「僕らは毎日、人種差別を味わっています。ただちにやめて下さい」

人々が交差点を渡る時はその人々が見やすいように、また車が行き交う中でも道路の真ん中に立ち続け(といってもトラムが通るエリアなので車に轢かれる怖れはないが)、車に向って約10秒ずつの間隔で東西南北に向き直っていた彼は黒人である。メルボルンは多民族が暮らしているものの黒人はほとんど見かけないので、この「人種差別をヤメて下さい」という訴えは、おそらくメルボルンの人に対してだけでなく、あらゆる国々から来ている観光客にも向けているのではないかと思われる。

日本が暮らしにおいて他民族に対し排他的なのは、おそらく世界的な規模で有名である。それは変えていかなければいけない時代に突入しており、これからの日本人の、日本への移民への対応や受け容れ方は日本をグローバルな国へと変えていくための1つの要素となり得ると思われる。

歩行者用の信号が青になって人々が横断歩道を渡り始めると、この黒人男性に対して笑顔で声をかけて行く人や彼にハイタッチ(和製英語/英語ではハイ・ファイヴという)をする人、握手をする人、腕と腕を絡ませて励ましのジェスチャーをしていく人などなど、たくさんの人が彼に笑顔と言葉を贈っていた。少なくともわたしが見ていたあいだ、それをしていたのは全て白人だった。
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by yukaashiya | 2016-02-18 11:32 | オーストラリア編 | Comments(0)

メルボルンでのお勧めの屋台(?)。

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日本ではすっかり見かけなくなった買い食い。買ったものを歩きながら食べる行為は日本では行儀が悪いとされ、そういう食べ物を売っているお店や屋台自体、見かけなくなった。いまでもあるとしたら、せいぜいたこ焼きとか若者ばかりが集まるようなショッピング街のクレープ店とかアイスクリーム店、あるいはお祭りぐらいだろうか。

欧州では多くの国で、そのいう店先がある。ピザを一片ずつ売っているところなんてちょっと小腹が空いた時に便利。ハンガリーやクロアチア、ポルトガルでよく見かけた栗(を煎ったもの)も、冬の寒さの中、熱々の栗を頬張るのが楽しかったりする。ただ、そういう国々でも歩きながら食べている人は少なく、ベンチや芝生に座って食べる人のほうか多そうだ。

メルボルンではたまにこういう屋台を見かける。アーモンドやピーナッツ、カシューナッツを煎りながら飴でコーティングしているもので、これがメチャうま。屋台によって味が違うかもしれないので記しておくと、フリンダース・ストリート駅から南に向って走っているセント・キルダ・ロードで買った。わたしが見つけたのは日曜日で、その道沿いで日曜日にサンデー・マーケットが開かれているのだが、たくさんのテントがある端に、この屋台が出ていたのだった。

ちなみに、カメラ(スマホ)を向けると笑いながらポーズを取ってくれた。こういう対応はイギリスでもよくあって、楽しい気分にさせてくれる。
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by yukaashiya | 2016-02-16 13:44 | オーストラリア編 | Comments(0)

メルボルンの無料トラム(路面電車)

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初乗り運賃の高いメルボルンにあって、観光客や市民の財布に優しいのがこの無料トラム「シティ・サークル(35番トラム)」。市内中心部の主だったところへはたいがいこれで行くことができる。

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かなり古い車輛を使っていて、そのレトロな雰囲気もいい。これはたまたま乗客の少なかった時に撮影したものだが、いつも満員である。

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これは特別ペイントされたものでとてもクール。内部が見えないような作りになっているが、中からは外の景色がちゃんと見える。

他の国でもメルボルンでもよくあるのが、次の停車場のアナウンスがないケース。この無料トラムでは観光インフォメーションが流れたり停車場をアナウンスしてくれる車輛もあるが、ないものもある。そういう場合は自分で景色を眺めつつ降りる場所を知るか、あらかじめ車掌に尋ねておけばちゃんと知らせてくれる。

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(これは一般有料トラムの内部で、降車を報せる時は新型車輛ならブザーがあるが、そうでなければ吊り革の上を走っている紐を引っ張って知らせる)

一般の有料トラムでもそれは同様で、メルボルンのトラムの車掌さんたちはとてもとても親切である。ある時なぞ、停車場で停車場の地図とにらめっこしていた客に、そこへ停まったトラムの車掌がわざわざトラムを降りて彼らに「何かお困りですか」と話しかけてあげていた。これこそ「おもてなし」。また、この間トラムは停まっていることになるが、文句を言う人は1人としていない。

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これは一般有料トラムにあるスペースで、ここに背をもたせて立っていられる。快適なのだが、けっこうなスペースを取っている。だから、これを設置するなら椅子を置いてもいいんじゃないかとも思ったが、高齢者や足の悪い人の中には座ったり立ったりするのに時間を要する人がいてそういう人は短い距離を乗る場合、こういう背もたれがあるスペースに立つほうがラクだと思われる。

ちなみに、無料トラムは35番トラムではあるものの、無料エリア内であれば、一般トラムに乗ってもそのエリアを出るまでは無料である。その場合は、マイキと呼ばれる交通カード(メルボルンではこれがなければ全ての交通機関を利用できない)をタッチする必要もない。35番トラムは大抵の場合、人で溢れかえっている。他の番号のトラムもうまく利用しよう。

2016年2月現在の無料ゾーン
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by yukaashiya | 2016-02-14 10:42 | オーストラリア編 | Comments(0)

野菜の楽器

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メルボルン市内を走るヤラ川沿いでは、今月末まで自然をメインにしたイベントが行われている。地球環境を保全しつつ暮らしていくことをテーマにしたもので、福祉関係のものを含めて多くのテントが軒を並べている。子供が自然を感じながら遊べる小屋や竹で作られた自転車など、展示物も興味深かった。昨日と今日は野菜を使って演奏する人のイベントもあった。

彼は最初にニンジンをスライスし、イヤリングにしてみんなに配ってくれた(笑)。この写真では彼自身もつけている。それにしても、ニンジンで「あんな音」が出るなんてびっくり。

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これは菜っ葉系の野菜で、2枚を組み合わせてこれまた不思議な音を奏でていた。

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これは茄子。

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こちらは、ニンジンとカボチャ、そしてキュウリ系(本人も他の豪州人客もその野菜の名を知らないようだった)の野菜を組み合わせて作った楽器。

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すごく段取りの悪い人だったが(笑)、野菜で楽器を作りながらたとえば削った部分はモグモグ食べちゃったりしておもしろい人でもあった。彼の名はEric Van Osselaer。どうもフランス系の人らしい(多分)。サイトでは実際の音を楽しめるので、覗いてみて下さい。

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(竹で作られた自転車)

こういう自然をテーマにしたイベントになると、どこの国でも日本人を含むアジア人がグンと減る。わたしたちも自分の暮らしに関わってくることなんだから、もっと興味を持ちましょう。
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by yukaashiya | 2016-02-13 10:35 | オーストラリア編 | Comments(0)

メルボルンの追憶の聖堂

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メルボルンは4分の1を緑が占めているそうで、中心部の繁華街にいるとそれが全く感じられないものの、中心街の南を東西に流れる川(ヤラ)を渡るとそれがよく理解できる。緑が多く大きな公園がたくさんある面は、やはり英国の植民地だった影響だろう。このヤラ川の南側には広大な公園があり、広い敷地には「追憶の聖堂(Shrine of remembrance)」が建っている。

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ここは1934年から、ヴィクトリア州の人々が戦争で犠牲になったオーストラリア人への追悼と平和維持を祈年してきた場所らしい。周囲に植えてある樹々にはそれぞれ記念のプレートがつけられているし、1954年に建てられた聖堂の横には慰霊碑も建っており、英国のエリザベス2世女王が建てたものであることが記されている(オーストラリアはいまも英連邦加盟国)。植民地にするということは、そういうことも全てひっくるめて責任を持ってバックアップしていくことなんだと感じられた。はて、大日本帝国はどうだったろうか。

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慰霊碑の横には1954年からずっと絶やさない炎が立っている。

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聖堂の内部に入ると、中央部分に石碑があり、終戦の時刻になるとそこに陽が射すように設計されているそうだ。それに合わせて追悼式が行われるらしいが、訪問してきた人々がいつでも哀悼の意を捧げられるように、毎日30分ごとに光を投影しているそうだ。

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多くの国ではこのように、都会の中心部の誰でもいつでも行ける便利な場所に大戦などあらゆる戦争で命を落とした人々の死を悼む場所がある。そしてそこでは大抵、戦時中のさまざまなエピソードを知ることができる。いわば市民や国民が生活している場のすぐ近くに戦時中のことを学んだり知ったりすることができる場があるわけで、だからこそ他の国々の人々は若者でも戦争がいかに悲惨なものかをよく知っているし、戦争犠牲者への哀悼の心をしっかりと持っている。

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この聖堂の地下にはいろんな資料が展示されていて、中にはこんな灰皿があった。小さなカップ型の灰皿で、底にはドイツのアドルフ・ヒトラーの似顔絵が描かれていた。英連邦の喫煙者たちはこの顔の部分にタバコの先を当てて火を消していたそうで、そんな場面でもこうして怒りを表していたわけだ。わたし自身はこの灰皿を見た時に笑ってしまったが、それはわたしが平和な世の中に生まれ育ってきたからだろう。

いつだったか何の記事だったかも覚えていないが、外国人の記事で「日本人には被害者をいじめる国民性がある」と書いてあった。また、日本人の書いた戦後の文献で「戦時は国を批判すると非国民と呼ばれ、戦後は国のために戦って疲弊し戻ってきた兵士たちを村八分にするような人々がたくさんいた」話を読んだことがある。翻って現代、事件の被害者が事件に関係のない人々からいやがらせをされるケースがけっこうあると聞くし、またたとえば東日本大震災で被害に遭った福島の人々への心ない言葉や態度などにもそういう国民性が表れていると思われる(もちろんみんながそんなことをしているわけではないが)。

戦争とはいわば殺し合いで、確かにたくさんの日本国民もその尊い命を失ってきた。そのなかには、人の命を命と思わないような大日本帝国軍によって失った命もたくさんある。また、原子爆弾によって亡くなったたくさんの人々やいまもそれに苦しんでいる人々もいる。だけど日本は唯一の被爆国でありながらそれを哀しみ偲ぶ場所は現場となった広島や長崎にしかなく、戦時のことを知る博物館さえ日本にはない。また、日本人には戦争で被害を被ったことばかりが教え込まれ、帝国軍が他国の人々に暴行を働いたり他国の人々の命を奪ってきたことは日本人はあまり意識したことがないのではないだろうか。

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メルボルンのこの聖堂資料室には、たくさんのオーストラリア人が日本軍や日本人兵士によって殺されたことも記されているし、当時の日本国旗も展示されている。だからかどうかは知らないが、メルボルンで発行されている観光資料には必ず掲載されているこの聖堂の紹介は、日本で買ってきたガイドブックには掲載されていない。
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by yukaashiya | 2016-02-10 20:01 | オーストラリア編 | Comments(0)