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旅も微熱も続く

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ジュナガルはとても穏やかな空気の流れる街だった。インドそのものがそうではあるのだが、ここでは特にそれが感じられた。人々もすごく温厚で、着いた翌日に観光しながら街を練り歩いているだけで爽やかな気分になれた。写真はウパルコート砦に行った時に見つけた仕草の可愛いかった女の子。インドでは写真撮影をものすごい頻度で頼まれるしそれはもうほとほと疲れるぐらいなのだが(かといってその写真をくれというわけではなく、写真を撮ってもらう、という行為そのものが嬉しいようだ)、この子はわたしが自ら撮った。一緒にいたお父さんはすごく喜んで、「Welcome to India!!」と満面の笑顔で叫んでくれた(笑)。

ひとつ印象的だったのは、ほかの遺跡を見ていた時のこと。やはり写真を撮ってくれという見るからに貧しい男の子二人が写真を撮ったあと、わたしのバッグから覗いているペットボトルのレモン・ジュースをくれと言ってきかない。これもインドではよくあることなのだが、かなりしつこかった。この街では炭酸以外のジュースを売っていないので、わたしとしてはあげられない。それで困っていると、どこからかやってきたおじいさんが怒り出した。男の子たちに、である。

言葉はこちらの言葉なので何を言っているか分からなかったが、怒っている様子や「India」という言葉が聞こえてきたことから推察すると、「インド人として恥ずかしいことをするな」というようなことを言っているらしい。インドでは貧しい者は日本では考えられないぐらい貧しくて、その彼らに施しをするのは一般庶民で、だから物乞いをしている子供たちを叱る大人を見たのは初めてである。こういう人がいることによって、インドも少しずつ良くなっていくんじゃないかと思う。

今日は次の街、アフメダバードへ移動。ムンバイからジュナガルへ来る途中に通り過ぎてきた街で、列車で7時間の旅。地図上でいうと、デリーの左斜め下の、北西部の半島の付け根にある街だ。2日前に起きた食中毒による熱は微熱まで下がったが、ややしんどい。列車での席はベッドになるはずなので、少しでも横になっていけることを願う。
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by yukaashiya | 2013-01-31 13:48 | インド編 | Comments(0)

ハイライトの街ジュナガルでの食中毒

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周遊するには不便な場所にあるといえるジュナガルへわざわざ来たのは、ギルナール山に登ることとこの建造物。1800年代後期に建てられたもので、横にあるマハーバト・マクバラーのほうがメインなのだが、わたしはこちらのほうがどうしても自分の目で見てみたかった。

ここへ辿り着いた時は、思わずため息が出た。それほど麗しい建築で、しばし見とれた。これだけでジュナガルへ来た甲斐があったじゃないかと思った。ただ、そう思った瞬間、イヤな予感が頭の隅を掠めた。わたしは妙な勘が働くことがあって、こういうケースの場合、ギルナール山へ上れなくなる出来事が起こる。

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その山には頂上までに10000段の階段があるといわれていて、うち5000段までは上がりたい。ふだんから足を鍛えていないと無理だし、睡眠不足でも絶対に上がれない。涼しい夜明けからじゃないと上りきれない。いろいろ考えて日数も余分に取り、この街に到着した2日目に行く予定にしていた。ところが前日のブログに書いたようにベッドに問題があって道路からの騒音もうるさかったため部屋を変えてもらい、ベッドに入ったのが12時過ぎ。これはもう無理。

それで2日目は上記の建造物や砦、動物園までもゆっくり見て周り(ほかにはもう見たいものはナシ)、3日目こそと思って早々にベッドに就いた。ところが胃の調子がおかしい。妙に膨張しているような、胸焼けもしているような感じで寝付けない。眠剤を飲んでうつらうつらしていると、うっ・・・強烈な吐き気と腹痛が我が身を襲ってきた。

それからはトイレとベッドの往復で、熱もどんどん上がっていく。

インドはとても不衛生で、街はゴミだらけ、上下水道の整備が遅れていて生水はインド人でもあまり飲まない。わたし自身、毎日ミネラルウォーターを買って歯磨きあとの歯ブラシさえミネラルウォーターで洗うほど気をつけていたが、たとえばコーヒーを注文してコーヒーは熱で消毒できていてもカップはそうはいかない。しかもインドではほとんど食器を洗剤で洗わないようだ。何度かおなかが緩くなる経験をしてきたがそれを気にしていては旅は続けていられないと、意識の外へ追いやっていた。だが、香辛料の料理が続き(できるだけ食べないようにしていた)、疲れもあっただろう。万全の体調で山へ登るために列車はファーストクラスを予約し、10時間は車内で眠り、到着した日はホテルで休んだのに・・・。1日余分にとっておいた最終日の夜、つまりこれを書いているいまもまだ微熱が続いている。

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(ウパルコート砦内にある宮殿ジャマー・マスジットの屋上から見えるギルナール山。中央に見える最も高い山)

ギルナール山から見る建造物群の風景が、この街でのわたしの最たる目的だった。ベッドで唸っているあいだ、日本にいる高齢の母がひどい風邪で寝込み頑張っていると妹から聞いていたのでわたしも母と同じように頑張ろうと思ってそれが励みにはなったけれど、実に無念である。

年齢とともに諦めが早くなるのもまた事実で、ベッドとトイレを往復し始めるとすぐに、イヤな予感があたったなあ、でもどうしようもないと自分に言い聞かせた。

翌日になって体調と熱がマシになると外へ出てみたが、平地を歩くだけでもフラつく。きっと山へ登ったら階段で足を滑らせるとか野良犬に襲われるとか盗難に合うとかイヤなことが待ち受けていてそれを阻止しようと神様がくれた運命だと考えるようにしようと思った。

でも、それでも、はるばるここまで来たのに・・・。

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(ネットだけは滞在4日目の夕方にしてやっと接続できた)
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by yukaashiya | 2013-01-30 23:34 | インド編 | Comments(0)

平和なインド

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(ジュナガルの遺跡・ウパルコート砦)

ムンバイから17時間、列車に揺られてやって来たのはジュナガル(Junagadh)。インド北西部の半島にある街で、訪れるにはほかの滞在予定地から遠過ぎる街でさんざん悩んだものの、どうしても見たい景色があってやって来た。わたしにとってはインド周遊の、1つのハイライトの街である。

ホテルは駅からちょっと離れていて不便だし他より値が張るけど、Wifiが全館で使えるとのことで良さげなホテルを予約した。ところが着いてみると、部屋では使えないことがあるがロビーでなら大丈夫とのこと。まあいっかと思ってチェックインして部屋に入り、まずは洗濯。落ち着いたところで繋いでみると、繋がらない。仕方なくロビーへ降りて行くと、繋がらない。先ほどレセプションで繋がると言った女性はいなくてそこにいた他のスタッフに尋ねると、「接続に問題があって繋がらない」と言う。インドではこのケースがこれでもう3件目。なんのためにこのホテルを選んだんだか。しかもそこにいた5、6人の彼らは揃いも揃って「サイバー・カフェに行けばいいよ。10分ぐらいで行けるからさ」とニコニコッと微笑む。何が悲しくて炎天下の中、PC持って10分も歩かにゃならんのよ。そう言っても馬耳東風。

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(アジェンタの遺跡より)

この2カ所前に滞在したアウランガーバードのホテルでも部屋では繋がらず、でもロビーで数度、使えたからまだマシ。オーナーの息子という好青年がわたしが部屋で繋げるようにと、自分の携帯Wifi機器を持って来てくれたのにも好感を抱いた(結局繋がらなかったけど)。ただこの時のホテルは、予約時のインフォメーションでは部屋でのWifi以外にヘア・ドライヤーあり、コーヒー・メーカーありとあったのに、実際にはないと言う。ムッとしながらも、チェックインしてしまったものは仕方ない。夜遅くに着いたのでルーム・サービスを頼むことにした。

部屋を見渡してもメニューがないので持ってきてくれとフロントに頼むと、荷物を部屋へ運んでくれた若いボーイが息を切らせながら階段を上って持ってきた。あれもない、これもないのオンパレードだったため彼の前で溜め息をついていたわたしのために、必死になって持ってきてくれたようである。ところがそのメニューを開いてみると・・・中はカラ(笑)。まるで笑い話やで。ボーイはまた急いで「メニューの挟まれたメニュー」を持ってきたあと、どこで調達したのかヘア・ドライヤーも持ってきてくれた。おそらくネットのことで部屋に来てくれたオーナーの息子が家から持ってきたんじゃないかと思われる。インドでは電化製品はエアコンを含めて、贅沢品のようだ(同じレストランでもエアコンの利いた部屋とエアコン無しの部屋で分かれている場合があり、料金も違う)。

そのホテルでは4泊。なんやかんやと彼らと接触しているうちにずいぶん仲良くなり、あでもそう言えば「I don’t know」のおばさんともずいぶん仲良くなって、「次に来る時はまたぜひうちのホテルに泊まりに来て」とか「次の時は直接ホテルに連絡をくれればお得なレートにします」と言ってくれたりした。そのうえアウランガーバードのホテルでは列車の時刻に合わせて部屋での滞在を2時間も無料で延長してくれた。何か問題があってやりとりした場合のほうが、接触が増えてこんなふうに仲良くなれたりするからおもしろいものである。

いま滞在中のジュナガルのホテルでは、結局1日目も2日目もネットは使えず。1日目は翌日の早朝から山へ登ろうと思っていたので早めにベッドに入ると、ベッドのスプリングが飛び出していて体中が痛くて眠れない。レセプションに電話をすると若い男性が出て、相手は「OK、OK」というだけで電話が切れた。何がOKなのか、絶対に理解していないだろうと感じてもう一度電話すると、「わたしは英語が分かりません。インド語で話して下さい」と英語で言う。ほらみろ。タオルを持ってきてくれとかテレビが点かないとか、起こり得そうなクレームの英語しか彼は理解できないのだった。

彼は英語を話せるという年輩のマネージャーとハウスキーピングの若いスタッフを連れて部屋へやって来た。マネージャーは初めての経験のクレームらしく、焦りながら「確かに・・確かに、スプリングが悪いですね」と同情してマットレスを持って来ると言ってくれた。

たどたどしい英語を焦りながら話すそのマネージャを見て、フロント・マンとハウスキーピング・スタッフの若い二人はどう反応したか。なんと、彼らは自分の口を抑えて「ぷぷぷっ」と吹き出して背を向けた。

その笑い声を耳にした年輩のマネージャーはといえば、彼らのほうを振り向いて「こらっ」と手を上下に振りはしたもののすぐに「えへへっ」と笑った。

インドは平和だ。


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by yukaashiya | 2013-01-29 23:45 | インド編 | Comments(0)

インドの鉄道・その3

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(英国統治時代の建造物や像がたくさん残るムンバイ)

 ムンバイ・セントラルからジュナガル行きのファーストクラスのチケットは、1時間半前になって入手できた。ただ、何の料金なのか分からないけど、追加でRs.90払わされた。怪しい料金ではないようで、車内で徴収されてきちんと領収書を発行してくれた。部屋は個室・・といっても、ほかの乗客とは同室である。わたしの部屋はベッドが2つだったので、そういう意味では静かで快適だった。

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 (ファーストクラスのコンパートメント)

ただ、日本の有名ガイドブックには「ファーストクラスは飛行機のビジネスクラス並み」と書いてあったが、あまりにも誇張した書き方である。ベッドは確かに最も広いし生地張りでシートも最も良かったが、掃除はちゃんとされていても綺麗とはいえず、ごきぶりは出るわ、小さなネズミは出てくるわで、ネズミが出た時はもう声も出なかった。朝は7時前には勝手に清掃員が3人も入ってきて掃除し、用紙にフィードバックまでしてくれと言う。やかましいっちゅうねん。

日本のガイドブックには、飲み物から食事まで出て至れり尽くせりとも書いてあった。だが実際には水まで有料で、市価よりウンと高い。もっともこれは、コンパートメントの担当者がくすねている可能性もある。

だけど日本のガイドブックは、あまりにもいい加減。書かれてあることと全然ちゃうやんということが「多々」ある。しかも、インドの場合は書き手が書きながら自分の文章に酔いしれているのか、意味不明の記事もある。アンタ本当はここへ行ってないだろう、という内容も散見される。最も困るのは、書き手の「主観」で書かれている「感想文」がとても多いことだ。エッセイやコラムならいざ知らず、ガイドブックに書き手の主観は要らない。

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by yukaashiya | 2013-01-28 23:41 | インド編 | Comments(0)

インドの鉄道・その2

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インド鉄道の乗車風景はメチャクチャだ。改札も出札もないから、市内近郊を走る鉄道でも切符を持たずに乗る人も多いらしい。もっともこれはドイツなど先進国でも見られる光景で、たまに検察員が回って無賃乗車を取り締まっている(罰金は高額らしい)。改札機を設置して電気代やメンテナンス料を計算すると、このほうが経費も電気エネルギーも抑えられるのだろう。

近郊電車の切符の購入は窓口か機械。機械で買うには専用のカードがいるらしい。それで窓口に並ぶと、インドでは必ず横入りしてくる人がいるのですごく時間を要する。それも、次から次へと横入りしてくるからキリがない。都会ムンバイではだいぶんマシだったがそれでもいるし、誰かが注意してもなんだかんだと言い訳をして立ち去らない輩がけっこういる。外国人旅行者のたわたしたちは前に入られやすい。なぜなら前の人とのあいだにある程度の空間があるからだ。インド人たちはだからか、体を密着させるようにして並んでいる。クソ暑いのに。

長距離列車はネットでも購入可能だがインドの銀行が発行しているカードかシティバンクのカードが必要になる。それを知ったのはインドへ来てから。仕方なく窓口に並んでやっと指定席の切符を手に入れて列車に乗っても、そこに「誰か」が座っていることが何度もあった。チケットを見せたら大抵すぐにどこかへ行ってしまうが、それはわたしが外国人だからかもしれない。チケットを提示して「そこは僕の席」と言っている人に対してモジャモジャ言いながらなかなか席を明け渡さないおじさんやおばさんをけっこう見て来た。

アウランガバードからムンバイに戻って来た時は、駅で列車に乗り込んだ瞬間、わたしは涙が出そうになった。座席指定列車なのに車内には座席の3倍ぐらいの人数がいるんである。無賃乗車がそれだけ多いのだ。だけど車掌は検札に来ないから、彼らは乗りたい放題である。

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(エアコンなしの指定席車輛・扇風機の多さにびっくりするが、半分ぐらいは壊れている)

わたしはどうにかして自分の席へ辿り着き、勝手にわたしの席にいた人を追い出して座ったものの、通路はもちろん、わたしが座った向かい合わせシートのあいだにも溢れんばかりの人。前に座っている人の顔さえ見えないほどで、足は全く動かせるスペースがない。そのうえ1シートで3人掛けなのに、わたしの横に30代ぐらいのお兄ちゃんたちが3人も座ろうとする。しかも彼らは3人とも体がデカくて、とてもじゃないけどわたしは潰されそう。シートは座面も背もたれもとても硬く、8時間もそんな態勢で座っていられるはずがない。どうやら彼らは、2人分のチケットで3人が乗っているらしい。ふだんはそれで3人が何とか座れちゃうんだろう。

これがインドでは当たり前らしい。「2A」クラス以上の車輛になると指定券を持っていない人は来ないようだが、わたしの乗ったこの路線では「指定席」が2種類しかなく、そのうち確実に切符を入手できる「2S」というクラスにした。その車内での出来事である。

ほかの乗客でも、たとえば斜め前に座っていた男性がトイレに行っているあいだにほかの人が座り、戻ってきた男性は怒るでなくその人を立ち上がらせるてもなく、しばらくは自分が立っていた。そしてどうやら疲れたら「席を返せ」と座るようだ。

また別の年輩の男性は、そばに立っていた若い男性に「ちょっと座らせてよ」というようなことを言われて立ち上がった。若い男性は気を遣っているつもりか自分が座らせてもらったあと少し空間を作り、年輩の男性に「ここに座ったらいいやん」と指差す。もともと座席チケットを持っていた人より、その人に「座らせてよ」と言って座った人のほうがゆったり座っているんである。席をゆずってあげた年輩の男性はそのあとにもほかの立ち客に「座らせてくれ」と頼まれて、お尻の端だけを座席にひっかけて最後まで乗っていた。でも表情は穏やかだった。聖人君子か。

時間が経つと少しずつ車内は落ち着いていったけど、車内の通路はムンバイ市内に入るまで人でいっぱいだった。車輛の連結部分まで人が座り込んでいる。トイレへ行くと、トイレの中にまで誰かの荷物が置かれていた。

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by yukaashiya | 2013-01-27 23:29 | インド編 | Comments(0)

インドの鉄道・その1

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(英国の植民地時代に建てられたムンバイのCST 駅・世界遺産)

インドは鉄道大国で、その規模はアメリカや中国などに次いで世界第5位だそうだ。ただ、実際にインドで感じるのは、絶対的スピードの遅さと、列車の本数に比してレール数が不足しているであろうこと。

最高時速で100km/hらしい。わたしがここまで乗車してきた列車には全て「◯◯エクスプレス」の名称がついているが、70〜80km/hぐらいがいいところ。しかも、停車駅が近づくなどすると20km/h程度に速度を落としてちんたら走ることも多く、ジャンクションになっている停車駅では対向列車がくるまで待たなければならず、駅に30分も停車してマス、なんてこともよくある。ただ、ずいぶん以前はインドの列車の遅れは5時間、10時間、なんてよく聞いたけど、だいぶん改善されているようだ。少なくともわたしが乗った列車のうち2本が1時間程度遅れただけで、30分以上も早く到着したものもあった。

それよりも、チケットを買いやすくして欲しいものだ。日数を多くとっての周遊旅行はきっちりした日程を組んじゃうとその通りに移動することがかえって大変。それだけに2、3カ所分ずつ鉄道やホテルの手配をしてきたが、鉄道の指定席切符は数日前の予約ではまず手に入らない。それで先日、2回に分けてラストまでの11路線分を購入したのだが、駅へ赴かねばならず、申し込み書に列車の番号や名称まで調べて記入しなければならず、最低でも1時間は列に並んでの取得。それをしたからといって確実に座席が取れるわけではなく、わたしは効率的な方法としてネットで空き状況を確かめて安全かつ抑えやすい席を申し込んだ。それでも、その時点で3路線分、使いたい路線の座席がどのクラスも埋まっていた。なにしろインドは国土も人口も日本の約9倍。旅行人数も9倍と考えれば分かりやすいだろう。移動人数はおそろしく多く、座席指定の切符の入手はすんなりといかない。だが指定席でなければ、まず座れない。5時間以上の移動だけを鉄道にしているが、そんな長距離を立ったままで行けるはずがない。

これを書いている場所は、ムンバイ・セントラル駅のウエイティングルーム。ここからジュナガルへ向う長距離列車は2週間前に申し込んだ段階で満席。乗車時間17時間という長さと、キャンセル待ち人数がたった1人だったことからファーストクラスを申し込んだものの、まだ取れていない。今朝この駅へ来たら「出発の1時間半前にもう一度来て下さい」と言われた。うげ。そんな直前にならなきゃ分からないのか。

1時間半前に行ったら絶対に座席が取れるかどうかは分からない。それでいまは祈るような気持ちでウエイティングルームでこれを書いている次第。ここに座ってすでに6時間、ムンバイ観光は先日済ませているし、ヒマなんだもの。ネットは繋がらず、ブログにアップするのはジュナガルに着いてからになる。

列車の出発時刻まで、あと3時間。神頼みするしかない。

仏陀にしようか、シヴァ神にしようか、それともいまは亡きサイババにしようか。

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(ムンバイ・セントラル駅の一等ウエイティング・ルーム。シャワーも浴びられる。写真手前の椅子が傾いているのはご愛嬌)
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by yukaashiya | 2013-01-26 23:22 | インド編 | Comments(0)

神のみぞ知る

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(アジェンタの遺跡・26窟もある石窟群)

アウランガーバードからは、滞在二日目に「エローラ遺跡」を、三日目には「アジェンタ遺跡」を観に行った。仏教の石窟寺院が遺っているアジェンタは、中継地点にしたアウランガーバードから片道2〜3時間かかりそうだったし日本のガイドブックには自力で行くなら朝7時のバスに乗らないと戻ってくるのがきついと書いてあったので、8時半発の地元のツアーに申し込んだ。

ツアーで同乗したのは、フランス人の男性、デンマーク人の女性、韓国人の男性、そしてわたし。一人旅行を楽しんでいる人は世界にけっこういるのだ。韓国人の男性は26歳の大学生で、昨日韓国からムンバイに着きもそのまま列車に乗ってアウランガーバードまで来たのだという。ムンバイに着いてから買った切符は座席指定ナシのもの。車内は足元に寝ている人から荷棚で横になっている人など、ひどかったらしい。

わたしは明日、いったんムンバイに戻ってジュナガルへ向う。いまいるアウランガーバードからは行くのが不便なためムンバイに戻るのだが、行きより時間はかかって8時間の旅。そしてそのあとムンバイからジュナガルまでは17時間の旅。腰の状態が限界に近づきつつあるので最もいいシート(コンパートメント)を予約したのだが、実はいまだキャンセル待ち。乗れるのかしらん。

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by yukaashiya | 2013-01-25 01:18 | インド編 | Comments(0)

アンビリーバーボーなインド人の寿命

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昨日はデカン高原にある「エローラ」の遺跡を観に行った。1000年以上も前の遺跡群で、ほとんどが石窟寺院。おもしろいことに、仏教寺院とヒンドゥ教寺院が中央のヒンドゥ教寺院を挟んで左右に並んでいる。中央にあるのが世界遺産に登録されたカイラーサナータ寺院で、この壮大さには息を吞んだ。なにしろ岩山を削って造られた寺院なのである。積み重ねた部分は全くなく、細部に至るまで全てが削って彫って造られた建造物。これは非常に珍しく、これを見たいがためにデカン高原までやってきた。

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このカイラーサナータ寺院は、8世紀から9世紀のおよそ100年をかけて完成されたらしい。当時のインド人の平均寿命は30歳前後だそうで、そうすると、一体何代に渡って彫り続けられたのか。

ふと、ムンバイからアウランガバードに来る列車の中でインド人から教えてもらった現在のインド人の平均寿命を思い出した。彼によると、60歳ぐらいだという(別の人は65歳だと言っていた)。しかも、長生きで65〜70歳だそうで、インドには100歳を超えて生きている人はいないだろうとのことだった。原因は、脂っこい食べ物が多いからで、心臓に負担がかかり過ぎているらしい。胃腸を悪くするケースも多いとい言っていた。

そしたら40歳の人はあと20年ぐらい、50歳の人は10年ぐらいでこの世からいなくなってしまうのか・・そう考えると、傍若無人な面のあるインド人に優しくしてあげたくなってくる。

なのに・・・エローラ遺跡からアウランガーバードに帰る時のこと。来た時は公営バスに1時間ほど揺られてきたが、相乗りジープが来たのでそれに乗って行くことにした。最初のうちは良かったが、詰め込むわ詰め込むわで、2人掛けのシート、せいぜい3人までのシートに4人も座らせる。しかもわたしの横に座った3人はみんなふくよか。こんな態勢で1時間も乗っていなきゃいけないのか。

ヘッドレストが2つということは、このシートは2人掛けなんやで。
そこへ4人なんて、あんたらおかしいんちゃうか。
インドでは当たり前なんか。
どうにかしてよ。


文句を言うわたしに対して、ドライバーもほかの乗客もエヘラエヘラと笑うだけ。アホらしくなってわたしも笑い、ぎゅうぎゅう押されながらアウランガーバードまで戻った。
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by yukaashiya | 2013-01-24 02:45 | インド編 | Comments(0)

アンビリーバボーなインドの銀行金利

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ムンバイからアウランガーバードへ向う6時間半の列車は、シートタイプでの移動(これまではベッドタイプぱかりだった)。椅子が硬くてお尻と腰が痛くなったが、道中、隣に座ったわたしと同年齢ぐらいの男性と彼が下車するまでの3時間半、話が弾んで楽しくもあった。

インドや日本の経済のこと、彼は若い頃ロンドンの大学へ留学して現在はIT関係の仕事に就いていること。ロンドンでは日本人女性と家をシェアして暮らし、いまも交流が続いていること。そして尋ねられた、わたしのいまの暮らしについて。

家は持っているかと聞かれ、売っちゃったよ〜と笑うと、彼は真剣な眼差しで「そのお金は将来のために銀行に預けたか」という。どうやら独り身のわたしのことを心配してくれている様子。大丈夫、ちゃんと預けたよというと、さらに突っ込んで「そのお金を使ったか」と聞いてくる。ちょっとだけね、というと、「なぜ使うんだ。大事にとっておかないといけないよ。これは重要なことだ」と言を荒くしていう。余計なお世話じゃ。なんであんたにそんなこと言われなあかんねん。

・・・が、あまりに何度も「使っちゃいけない」としつこく言ってくるので、はたと気づいた。で、インドの銀行の預金金利を尋ねてみた。

なんと、1年預金で11%なんだと。プライベート・バンクだと15〜16%つく銀行もあるらしい。

彼に日本の金利は現在、どんなにいいレートでも05%なんだと言うと「オゥ・・・・ノゥ・・・」と
絶句していた。
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by yukaashiya | 2013-01-23 14:16 | インド編 | Comments(0)

大経済都市ムンバイ

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今日はムンバイからアウランガーバードへ向う。ムンバイは海の近い都市だが、内陸部へ向って列車で6時間半の旅だ。

ムンバイに滞在した6日間、泊まったホテルでは一度も停電が起きなかった。インドに来て1ヶ月、初めての経験である。不自由な中にいると、こんなことにも少し感動してしまう。
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by yukaashiya | 2013-01-22 13:56 | インド編 | Comments(1)