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大晦日、事故に遭う

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一般のバスを使った旅は楽しい。車窓から眺める景色もそうだが、その国の国民とのちょっとした交流があったり、触れ合いがあったりするからだ。なにより、彼らの生活や文化の一面を見られるのが醍醐味だ。ツアーバスだとそうはいかない。

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バスに乗る前後にもいろんなことがある。チェンナイからマハーバリプラムへ向う時、バス停までオート・リクシャーを使った。バス停に着くとドライバーは自分の車を道路の端に停め、バスが来るのを一緒に待ってくれた。行き先表示はタミル語のためわたしには分からないからである。ものすごい数のバスが次から次へと到着するなか1つひとつ確かめてくれて、マハーバリプラム行きが見つかると、車掌にマハーバリプラムに着いたらわたしに教えてやってくれというようなことを言ってくれてもいた。

インドのバスでは前方に女性、後方に男性を座らせるらしい。これが女性に配慮したものなのか、あるいは「男女大人になっても席を同じくせず」なのかは分からないが、ほぼ女性優先で席を確保してくれる。

チケットはスリランカと同様、車掌から買う。車掌は車中がぎゅうぎゅう詰めになるほど満員になっても誰がどこから乗ってどこまで乗るのか、また料金を払ったかどうかまで全て把握している。ものすごい記憶力で、そうでなければスリランカやインドでの車掌は務まらない。

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タクシーはドライバーとだけの接触になるが、優しさを垣間みれるドライバーに出会うとこれもまた楽しい旅になる。先日マハーバリプラムからポンディチェリーまで乗ったタクシーの運転手は無口な人だったが、道路へ飛び出してきた羊を轢きそうになってハンドルを思い切り切って対向車とぶつかる寸前までいったあと二人でホッとひと安心して微笑み合い、そこから打ち解けた。道端に顔を覗かせていたキノコが毒キノコだとかいろいろ教えてくれるようになり、しかもポンディチェリーでアテにしていたホテルが満室と分かったあとイヤな顔ひとつせず別のホテルまで乗せて行ってくれた。あたりまえなら別料金を請求されて仕方ないところだが彼はそんなこと一言も言わず、それどころかタクシーを降りたわたしに「ハッピーニューイヤー。きみの旅が楽しくなりますように。気をつけてね」とまで言葉を送ってくれた。

彼に対して、1つ後悔していることがある。いや、自分の中でまだ答えは出ていないのだが。

マハーバリプラムから彼のタクシーに乗り込んだ時、彼の知人らしき男性と彼は窓越しに言葉を交わしていた。そのあと彼はわたしを振り返ると、「友達を乗せてやって行ってもいいか」と聞く。わたしは「彼も料金を払うならいいけど、そうじゃないならイヤだ」と答えた。彼は言葉を発さずジッとわたしの目を見つめ、そのあと友人のほうを向いて断っていた。文化の違いといってしまえばそれまで。長距離をタクシーで行く贅沢はインドでは一般人には無理な話。わたしには1300円でも、彼らの何日分もの日給にあたる。だから快く乗せてあげるべきだったかもしれない。ただ、発展途上国ではレイプ事件が多いのも確かで、わたしにしたら男性二人と女はわたし一人というシチュエーションも気になるところ。今後は、相手を見て決ていくしかないだろう。

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ポンディチェリーには、ティルチラパッリまで直通バスがあると聞いていたので滞在したが、実際には午前中の限られた時間帯しか出ておらず、途中のヴィル何とかという街で乗り換える羽目になった。乗り換え方が分かるかどうか心配だったが、そのヴィル何とかという街で一緒に降りたおじいさんがティルチラパッリ行きのバス停まで連れて行って乗せてくれた。

そのバスに乗り込むと同時にバスが発車。6kgのリュックを担いでいるわたしはヨロメキ、車中からは「おおっ」という声が10人ぐらいから上がった。日本人観光客がツアーで向う場所ではないし、個人旅行でも来ている人は少ない(2日間で会った日本人は一組二人だけ)。それだけに日本人が珍しいのもあっただろう。その日本人がヨロメイて倒れそうになったもんだから、みんな心配してくれたんである。最後尾の席に座ったあとも何人かが心配そうに振り返ってくれていた。

車中では陽気な車掌と会話を楽しみ、前の席に座っていた親子連れとも楽しいひとときが持てた。1時間ぐらい走ると運転手と車掌が入れ替わり、今度は運転していた人がわたしの横まで来てなんだかんだと会話を楽しむ。「いまのプライムミニスターは誰だ」と聞かれた時は他国の政治にも関心を持っているんだなあと感心した。

3時間半かかる予定が3時間弱で到着すると、最初に車掌だった人が前方から「ジャパーン」と叫んで教えてくれて、降りて行くと彼は外で笑顔で迎えてくれてなぜか発した言葉が「オヨオヨオヨ〜」。その言葉に意味があるのかどうか分からないけど、妙に楽しい気分になれたものだ。

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そして大晦日の日、ホテルのオーナーに寺院までのオートリクシャーの平均的な値段を聞くと、「市バスを使いなさい」という。彼に教えてもらった通りのバスに乗って、寺院までは30分の距離。オートリクシャーなら200〜300Rs.はかかったろうが、バスだとわずか7Rs.(約12円)。車中でも地元の市民と微笑み合ったり寺院について話したりして楽しいひととき・・・のはずだった。

途中で座席が空いて一番前の運転手の横の席に座って10分も経たない頃、バスは急停車。人の多いバザールの道路で、車やバイク、オートリクシャーがガンガン行き交う中をたくさんの市民が平気で歩いている。これはほかの街でも同じ光景で、バスや車がクラクションを鳴らしても人々は決して走らない。車もほとんど速度を落とさない。そんななか、わたしの乗ったバスが歩いていたおばあさんを轢いた。わたしの座席から斜め前にいたのでわたしはモロにそれを目撃。うわっ、と思った瞬間、わたしはフロントガラスに頭を打ち付け、そばに立っていた人々がわたしの体に覆い被さるように吹っ飛んで来た。その影響で頭だけでなく左腕もフロントガラスに、両膝もしこたま打ち付けた。一瞬の出来事である。

頭を切ったんじゃないかと思うほど痛んで押さえているとすぐさま近くに立っていた女性が寄って来て、なんとわたしの頭を何やら唱えながら撫ぜ始めた。目の端では運転手がバスを降り、轢かれたはずのおばあちゃんはむっくりと起き上がってたくさんの男性たちに抱きかかえられてバスを離れるのが見えた。その生命力にも驚かされたが、女性は運転手が戻ってくるまでずっとわたしの頭を撫ぜ続けてくれたことにも驚きと優しさに触れられた悦びで心が満たされていくのを感じた。

日本なら考えられないことだがこのあとバスは乗客を乗せたまま何事もなかったかのように走り出した。別の座席からきちんとした身なりの英語を話せる若い男性が「頭は大丈夫ですか。もし痛むようなら病院の手配をします」とわざわざ言いに来てくれた。これもまた、日本ではないことではないだろうか。

交通事故の多いインドでは、座席の位置も考えて座ろう。今回はこれだけで済んだものの、打ち所がわるかったりしたら大変だ。今回は不幸中の幸いだったし、インド人の優しさに触れられた思い出としてとっておこう。

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by yukaashiya | 2012-12-31 23:03 | インド編 | Comments(0)

6kgの重み

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(Open-air bas-relief / マハーバリプラム)

昨日はマハーバリプラムからポンディチェリーまで移動。本当はもっと先のティルチラパッリまで一気に行きたかったが列車で5時間から8時間かかるし、バスだと乗り換えをして合計4、5時間かかる。どうせ時間のある身なので途中の街に寄って行こうと決めた。決めたのが前夜で、だから宿はとっていなかった。マハーバリプラムに来た時も何とかなったので、何とかなると思っていた。それが大きな間違いだった。

マハーバリプラムからは、タクシーで移動。1時間半の距離でバスなら多分数十円だが、タクシーでも1300円程度で行ってくれると聞いたからだ。ひどい雨だったからである。荷物はリュックとショルダーだけだがリュックだけで6kg以上の重さがある。最低限必要なものしか入れていないし体は濡れてもいいけど、リュックの中にあるPCだけは濡らしたくない。夕方、そのリュックを背負ってあてもなく歩き続ける羽目に陥るのだが。

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(シヴァ神のシンボルであるリンガが祀られているTrimurti Mandapam / マハーバリプラム)

到着したのは、ポンディチェリーでは雨があがった頃。幸運を感じたのも束の間、あてにしていたホテルは満室。でも周囲にはたくさんホテルがあるので、どこか空いているだろうとタクシーを降りて歩き始めた。ところが、5軒10軒と尋ねても全て満室。観光地としては素通りしてもいいぐらいの地域なのに・・と、気がついた。土曜日じゃん。クリスマスとニュー・イヤーに挟まれた土曜日。しかもわたしがいたのはフランス植民地時代の名残をいまなお残す地域で、フランス人観光客がウヨウヨ。

汗は噴き出してくるわ、腰は痛くなってくるわ、心細くなってくるわで、だけどそこは楽天家。どうにかなると、どこかで思っている。そして、どうにかなった。

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たまたま通りがかったトラベル・エージェンシーでホテルを紹介してもらい、聞いた通りの道へ行っても、予約してくれたはずのホテルがない。どぎゃんしたらよかとですかと自分に問いかけながら歩いていると、フレンチ・コロニアルの新しい建物が目に入った。ホテルっぽいのでロビーへ入って行くと、1週間前にオープンしたばかりだという。

プール付きで、部屋はとても広くて天井は高く、調度品もいいしアメニティも揃っている高級ホテル。一泊12000ルピー(約19000円)だそうで、先日書いたインドの物価や、インドでは5000ルピーぐらいからもう高級ホテルのクラスに入ることを考えると最高レベルの高さである。ただ、フロントスタッフは「オープニング・キャンペーンとして5000ルピーの特別価格でご提供できます」という。

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それでも逡巡した。なぜならわたしの旅のモットーは、「現地の一般市民と同じ目線の高さで滞在する」だからだ。だから移動にはできるだけローカルバスを使い、滞在にはチェンナイでは中級クラスのホテルに、マハーバリプラムでは安宿と呼ばれるゲストハウスに宿泊した。

だけどこの日、わたしは6kgの重さに負けた。

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by yukaashiya | 2012-12-30 23:37 | インド編 | Comments(2)

Slowly

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(マハーバリプラムのバターボール)

写真はバターボールというネーミングがつけられている奇岩。周囲にはこれより高い岩山がないのに、こんなふうに坂に転がり(?)なおかつ留まっているのが不思議。裏へ回ればナイフで切り取ったような面になっていて、それもまた不思議なことである。割れた片割れの岩はどこへ行ったのだろう。

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岩の下で寝てるオッサンもいるし(笑)。インドではこんなふうに横たわって熟睡している人を大都会のチェンナイでさえ見かける。仕事がなくてすることがないから寝ているのかもしれないが、単にダラケて寝ているような気もする。決して日本人の感覚でいうスロー・ライフを楽しんでいるわけではない。

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マハーバリプラムの宿では蚊が多くて困った。自分で蚊取り器を買ったけど全然間に合わず、ムヒがみるみるうちに減っていくぐらい刺される。バスルームの壁上部に窓ガラスのない小窓があるのでそこから入ってくるのだろう。

初日の夜、スタッフAに、蚊取りスプレーを保ってきてくれと言った。彼は「了解」と言いつつも、持ってこなかった。その前に、ホテルに到着した時、彼からブランケットとバスタオルは必要かと聞かれたのでイエスと答えていたが夕方になっても持ってこなかった。

その夜は蚊のせいでほとんど眠れなかった。ベッドには蚊帳が張ってあるが穴があいているところがあり、そこから入ってくるようでキリがない。翌朝、蚊帳を張り替えて蚊取りスプレーも持ってきてくれと頼んで遺跡巡りに出た。

夕方6時半、戻ってみると、まだ蚊帳を張り替えていない。そこへちょうどスタッフAが来たので蚊帳をいますぐに張り替えて欲しいというと、うーん、と考え込んでいる。考えている場合じゃないんだぜ。「いますぐ」「急いで」といった言葉をあの手この手で繰り返すとやっと頷いて、新しい蚊帳を持ってきた。そして張り替える。

その動作がまたすんごく遅かったため手伝っていると、わたしが日本から持って行って部屋に張っていた洗濯ロープに蚊帳があたってはずれ、洗濯物もろとも床へ落ちた。「うわぁ・・・」と嘆くと、彼はわたしに一言。

「Slowly(ゆっくりやれ)」


おまえは急げ。

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by yukaashiya | 2012-12-29 15:22 | インド編 | Comments(2)

インドのぶっとび物価

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インドの物価はメチャクチャ安い。わたしはいまマハーバリプラムという街に滞在しているのだが、ここはチェンナイ(マドラス)からパスで2時間の距離。インド人が生活の中で使うローカルバスで40ルピーだった。約60円である。

インドでの外国人価格には驚かされることがある。いま滞在しているマハーバリプラムでの遺跡の入場料は「外国人は250ルピー、インド人なら10ルピー」という表示がされていた。25倍である。ただ、街中での価格はとにかく安い。

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街中で飲むミルクコーヒーは約15円。
エアコン付きの(!)レストランでオーダーした野菜の焼き飯は約140円。
レストランでオーダーしたマッシュルーム・カレーは約180円。
2L入りのミネラルウオーター(ペットボトル)は約30円。
電気式の液体蚊取り器具(液体付き)は約120円。
日本へ輸入されたら数千円する色鮮やかなコットン・パンツで約420円。

最初のうちは日本との価格差に戸惑いつつ、外国人旅行客相手の店では言い値で買わないよう気をつけなくちゃと思っていた。2倍にも3倍にもはねあがる場合があってそれでも日本よりずっと安いのだが、そのままの価格で支払うと相手はさらに調子に乗って、のちのちほかの外国人旅行客が困る怖れがあるからだ。

でも4日が過ぎたいま、もう慣れつつある。

昨夜は同じホテルに泊まっていたハジメさんという北海道出身の男性と晩ご飯をご一緒したのだが、割り勘したあときっちり35ルピーのお釣りをもらってしまった。約54円。これが日本なら「お釣りは要りません」という金額だ。でもここインドではコーヒー5杯の価格。2時間乗ったローカルバスより多い金額だ。しかも、外国旅行時は外貨両替という面倒さがあるのでその外貨を少しでもキープしておきたいのもあり、旅慣れている人は基本的にみんな割り勘する。でも今回の金額をあとから考えると、ちょっと恥ずかしい。


ちなみに、場所や担当者によっては、価格はあってないようなもの。たとえばチェンナイで泊まったホテルでルームサービスのコーヒーは20ルピーだったのだが、3日目の朝、いつものように頼むと持ってきたスタッフは「50ルピー」という。アホなこと言うたらあかん。「昨日まで20ルピーだったのに、なぜ」と聞くと、彼は「へえぇ」と驚いたような表情をしたあと、こう返してきた。

「じゃあ、20ルピーで」

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by yukaashiya | 2012-12-28 00:33 | インド編 | Comments(0)

チェンナイのおじいちゃんドライバー

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(インドで最も最初に建てられた教会St.Mary's Church)

「チェンナイなんて言うから分からなかった。マドラスと言え・・と言う俺が古いのかな」

という友人からのメールがあり、あらためて調べてみると名称変更したのは1996年。有数の大都市である。

朝、ホテルのスタッフにFort Museumまでのオートリクシャー(3輪バイクの車)の一般的な値段を聞いてみた。40〜50ルピーだという。ホテルを出て声を掛けて来たドライバーに金額を尋ねると、150ルピーだという。3倍やん。それで30ルピーなら乗ってあげると返すと、笑いながら行ってしまった。

次に声をかけてきたドライバーは100ルピーという。それでも倍だ。観光客だから料金を知らないだろうと思っているに違いない。

別のドライバーに尋ねたら、その人は60ルピーでいいという。それで彼のオートリクシャーに乗ったが、彼はこの博物館を知らなかったようで別のところで下ろされ、けっきょく20分ぐらい歩くことになる。

やっと着いたと思ったら、この敷地は政府関係の建物が多く、一般的な入場はできないと言われた。日本のガイドブックに書いてある入り口なのに。日本のガイドブックは往々にしていい加減な情報がけっこうある。ここからメインエントランスまでさらに30分ぐらい歩くことになる。道々、尋ねて歩いて行ったが、ほとんどの人がとても親切で、なかでもポリス・マン&ウーマンは笑顔のおまけつき。暑いなかを歩くのが苦にならないほど爽やかな気分でいっぱいになれた。

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日本のガイドブックでは別の場所にあるSt. Mary's教会もフォート・ジョージ砦も全て同じ敷地内。厳重なセキュリティを抜けたあとにたどり着いたこれは博物館で、東インド会社が設立された時の建物である。

ここを訪れたあとは、そう遠くないショッピング街のジョージ・タウンまで歩いて行くことにした。携帯のSIMカードや腕時計が欲しいからだった。腕時計は春に日本を離れる前に、ロレックス以外は全て処分。インドへはロレックスはしていかないほうがいいんじゃないかとの妹の助言により、インドでチープな時計を使い捨て感覚で買えばいいと思って来た。実際、100ルピーで買えた。いまの為替でいうと、約150円である。多分、2 ヶ月は保ってくれる。

話は戻ってジョージ・タウンへ向って歩いていると、オートリクシャーに乗ったおじいちゃんドライバーが「どこから来たの。どこへ向っているの」と声をかけてきた。日本から来てジョージ・タウンへ向って歩いているというと、「どうせあのエリアへ行くから、乗って行ったらいいよ。料金は要らない」と微笑む。東南アジアではけっこうな数の国で見て来たオートリクシャーだが、タダでいいなんて言われたのは初めてだ。少し警戒したものの、おじいちゃんだし人柄もよさそうだったので言葉に甘えることにした。

乗っているあいだ会話が弾んだ。彼はスリランカ人で、わたしはスリランカへ行ったことがあるからなおさらだ。おじいちゃんはわたしに翌日行くマハーバリプラムの観光パンフレットまでくれた。そして降りる時、こんなことを提案してきた。

「買い物が終わる頃を見計らって迎えにきて、タダでホテルまで送ってあげる。その代わり、1つお願いしたいことがあるんだ。きみのホテルへ帰る途中の店へ連れて行くから、そこへ5分置きに3度出入りして欲しいんだ。何も買う必要はなく、外国人が入ったらもらえるチケットがあるからそれをもらってきて欲しい。というのも、3枚あったらプレゼントがもらえるんだ。それを孫へのニュー・イヤー・プレゼントにしたいんです」

正直言ってなんちゅう面倒くさいことを頼んでくるんだと思ったけど、お孫さんへのプレゼントを手に入れたいという気持ちが彼の必死の説明から痛いほど伝わってきた。待ち合わせの場所は下ろしてくれたところ、時刻は夕方6時で約束した。


だけど、6時になってもおじいちゃんは現れなかった。

ほかにチケットをもらってきてくれそうな人が見つかったのかな。

それとも、乗車運賃を高くもらえるお客が見つかって、その乗客を乗せてどこかへ行っているのかな。

道が混んでいるのかな。

いろんなことを考えながら暗くなる6時半まで待ったけど、おじいちゃんはとうとう現れなかった。


事故にあっていないことを願っている。

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 St. Mary's Church
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by yukaashiya | 2012-12-27 04:06 | インド編 | Comments(0)

ノープロブレム

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チェンナイに着いてからもハプニング続き。空港からタクシーに乗車、それが超古い車ながら英国のクラシックな車だったから気を良くしてホテルに着いたら、ブッキングがされていないという。そんなことはないだろう。ブッキング・コムで予約して、こちらはちゃんとバウチャーもある。部屋が空いていたから良かったようなものの、おっかなびっくりである。

だけどそれだけでは済まなかった。チェックイン後に案内された部屋は、シングルサイズ・ベッドのツイン・ルーム。わたしはダブルベッドを予約していた。というか、ダブルベッドがあったから、このホテルにした。だがホテルの若いマネージャーは「ダブルベッドのある部屋は値段が高くなる」という。しかも彼は「この部屋でノープロブレム」と微笑む。あんたにノープロプレムでも、わたしにはプロブレム。そう返すと彼は笑い、分かったよ、夕方になったら空く部屋があるから、それから部屋をチェンジすると約束した。

夕刻、部屋へ戻ってしばらくすると、停電。クーラーも当然つかず、部屋は蒸し風呂のようになっていく。フロントへ行って、停電は仕方ないけどとにかく早く部屋を変えてリラックスさせてくれというと、いま滞在している人がチエックアウトするのは夜の8時だと言い出した。そのあと部屋を掃除すると仮定して、それだとわたしがその部屋に入れるのは何時になるか分かったもんじゃない。だが年輩のマネージャーは「すぐにできる」という。いーや、そんなことはないね。わたしが到着した時、別の広い部屋の清掃を三人がかりでしていたのを廊下からたまたま見たけど、ちょっと掃除してはベッドに寝転がって談笑したりしていたもん。あんなペースじや、2、3時間はかかる。今晩中の部屋の移動は無理になる。だが朝とは別のマネージャーも「ノープロブレム」と微笑む。プロブレムだっつーの。

ついに、わたしはキレた。だけどマネージャーたちは「ノープロブレム」を繰り返す。わたしはそのうち、腹を立てている自分がアホらしくなってきた。言い分だけちゃんと伝えて交渉し、割高になる広めのダブルサイズベッドの部屋へ予約した料金のままで変わらせた。その部屋はなぜか停電になっていないこともあって結果オーライ。でももうクタクタだ。

洋服を片付けようと思ったら、ハンガーが1つしかない。もう少し持ってきてくれと言ったら、「1部屋に1本」という。そう言いながらも、もう1本もって来てくれたからそれで良しとしたけど、そのあとシャワーが出ない。言ったらかなづちでトントン叩き、直していた。ドライヤーを貸して欲しいと言ったら「電気屋で買って下さい」という。それも、にこやかに微笑みながら。そのうちわたしは、なぜかわたしが無理難題を言って困らせているいじめっ子のような気がしてきた。

もう、笑うしかない。

あっはっは。
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by yukaashiya | 2012-12-26 01:13 | インド編 | Comments(0)

いよいよ出発・・・が、くじける。

11月末にフランスから帰国後、数日間は再び海を越えて中国・香港へ行っていたから、いつを「帰国した」と言えばいいか分からなくなってしまったが、8ヶ月ぶりに家族とゆっくりできたことだけは確かだ。日本にいるうちにしなければならないこともそれなりにあったが、みんなでお鍋を囲んだり映画「最強の二人」を観に行ったり、個別には母と「レ・ミゼラブル」を、甥のSHINとは「007 スカイフォール」を観に行ったり、妹とは神戸・三宮でショッピングを楽しんだりして、あっという間に日々が過ぎて行った。

今回の帰国については春に日本を発って以来、司会をさせていただいたパーティの関係者を除くとレギュラー原稿の担当者にしか告げておらず、友人のなかにはこのブログを見て帰国を知り、水臭いヤツだと思っている人もいるかもしれない。生まれて初めて長期に渡って日本を離れたため、今回は家族とゆっくり過ごしたかった。理由はそれだけなので、許して欲しい。

少し早いクリスマス・イヴも家族と過ごしたあと、24日に関空を発った。今回は、インド周遊だ。チェンナイから入国して少しずつ移動する。まずは南下、それから北上、そして東へ向い、カルカッタを最後にしたルートである。

翌25日、前日の深夜に到着したクアラルンプール(マレーシア)で数時間だけでも横になるため空港近くのホテルに宿泊。クアラ離陸が6時15分だから、午前3時に起床して空港で4時にチェックイン。イミグレ通って朝ご飯を食べようとカフェに入った直後、ウゲゲなインフォメーションが耳に届いた。

フライトの遅延である。2時間の遅れだから許容できる範囲とはいえ、わたしはなんのために3時に起きたんじゃろ・・・とほほほほ。
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by yukaashiya | 2012-12-25 07:02 | インド編 | Comments(2)

インポッシブル

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(フレンチカンカンで有名な高級キャバレー「ムーラン・ルージュ」 / パリ市)

帰国中は次なる滞在へ向けての準備もあった。今回は一カ所に滞在するのではなく、インドを2ヶ月かけて周遊しようと思っている。以前から行きたかった国の1つで、だけど列車や飛行機が往々にして遅れ、次はいつになるかわかんないというようなことが起きると聞いていたので時間がたっぷりある時に行きたいと思ってもいた。

なぜインドか。英国の植民地だったからである。英国で文献を読んでいても、英国人と歴史について語り合っていも、東インド会社の名前は必ず出て来る。大英帝国が遺してきたものを自分の目で確かめ、肌で感じたい。それと・・・汗をかきたい(笑)。

インドへ行くには、日本人はビザが必要。申請日と受領日の二回、ビザセンターへ出向いた。どちらも帰りはセンターのある堺筋本町から梅田まで徒歩。運動不足を実感していたので、歩くことに決めた。例によって(?)方向や道を尋ねると、そのたびに「遠いですよ」と言われる。大阪市営地下鉄間は、1駅およそ10分。3駅分だから30分程度とにらんでいたら、やはり約30分で到着できた。

ロンドン中心部の地下鉄の駅間もおよそ10分。パリ中心部は約5分。つまり、4駅以上乗るなら別だけど、そうでなければ地下へ降りて切符を買ってホームへ降りて電車を待って・・ということを考えると、歩いた方が絶対に速い、というのがわたしの計算。だけどパリ市民は地下鉄をよく使う。2駅先でも地下鉄に乗る。安いせいもあるかもしれない(10枚のまとめ買いなら1枚あたり€1.3程度)。

ある日、ヴァンセンヌ城から家まで歩いて帰ろうと思い、道を尋ねた。中心部から離れた地域なので、駅間の距離は長いかもしれないと思っていたら、やはり「すごく遠いですよ」とフランス人は驚いた。いや、その前に彼女は「インポッシブル(不可能)」と目を丸くした。

行けるところまで歩いて行こうと歩き始めたら、ゆっくり歩いて30分で着けた。

かつての皇帝、ナポレオン・ボナパルトは言った。

「余の辞書に不可能という言葉はない」


これからは、わたしをナポレオンと呼んでくれ。
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by yukaashiya | 2012-12-10 12:44 | 帰国編 | Comments(0)

久々の緊張感

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(ロンドンの街角)

帰国中、司会の仕事をひとついただいていた。何年か続けて毎年させていただいてきたパーティであるが、欧州へ行ってしまっても司会にと声をかけて下さったことがすごく嬉しい。

パーティが始まって乾杯まではすごく緊張した。なにしろ9ヶ月ぶりの司会で、しかも場所はリッツ・カールトン・ホテル、来場者数は約450名。緊張しないわけにはいかないというぐらいの意識もあった。気を引き締めて臨まねばという気持ちからである。そうでなければ、声をかけて下さった方に失礼だとも思っていた。それにしても知っているたくさんの人々に久しぶりにお会いできたし、イベント担当者は偶然にも知り合いで、15年ぶりぐらいの再会。懐かしい人々に会えてかつその人が変わらず元気でいてくれるのは嬉しいものである。

この日、会場へ向うまでにも嬉しいことがあった。

超のつく方向音痴のわたしは、地下通路をできる限り使わないようにしている。慣れた梅田でも迷うし、現在の梅田の地下通路はわたしにとって迷路のようなもの。だからいつもならリッツやハービスへは地上を歩いて行くのだがこの日は風が強かったので地下から行くことにチャレンジした(チャレンジといえるレベルのことかどうかは別として・笑)。

でもやっぱ、迷ってしまった。あっちへうろうろ、こっちへうろうろ。まるでおのぼりさんである。そこで前から歩いて来た男性にホテルまでの道を尋ねると、その人はなんとリッツまであとはまっすぐ行けばいいだけの通路まで連れて行ってくれたんである。男性は40代ぐらい、スーツを着たサラリーマン風で、わたしが尋ねた位置はおそらくJR大阪駅の下あたり(だと思う)。一緒に歩いた距離はけっこうあった。そんな親切を受けて、心がほっこり。この数日前にはヨドバシ・カメラの前に座り込んでいた遊び人風の女の子にヒルトン・ホテルへの方角を尋ねたら、わざわざ立ち上がって一生懸命教えてくれたしね。

慣れた大阪でさえこれだからわたしの方向音痴は相当なもんだが、こうしてほんの一瞬でも通りすがりの人との心温まる出逢いがあることを考えると、方向音痴も捨てたものではない・・・ぞ。
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by yukaashiya | 2012-12-08 17:11 | 帰国編 | Comments(0)

体温の違い

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(ロンドンの街角)

日本で「天国」気分を味わえることの一つにウオッシュレットがある。欧州では、少なくともわたしが知っている限りでは、イギリス、フランス、ドイツ、イタリアではウオッシュレットどころか便座カバーさえない。ただ欧州ではトイレを「バスルーム」というように、トイレがバスルームにあるケースが非常に多く、そこにはまず暖房器具がついているからそう必要とも思えない。だけど寒い時期はやっぱり便座が冷たい。でも当地の人々は「そんなこと、考えたことも感じたこともない」という。それどころか、便座カバーを不潔に感じる人もいるようだ。

もうひとつ、便座カバーを使う人種と使わない人種の違いで思いあたることがあった。体温の違いだ。白人は体温が1度ぐらい高いから、日本人のようには冷たさを感じないのではないだろうかと思うのだ。ロンドンで読んだ新聞記事では、平均体温はおよそ37.2度と書いてあった。リンネットに聞いたら、37.5度ぐらいはあたりまえだという。

そしてヘミングウエイの「A Moveable Feast(移動祝祭日)」でもそれを確認した。

彼の友人が体調が悪いと言っていた日のことだ。父親が医者だったヘミングウエイは体温計を持っており、彼に4分間計らせ、ヘミングウエイはその数値が読めるように読書灯の下にかざした。

友人「What is it?」
ヘミングウエイ「Thirty-seven and six-tenths」
友人「What's normal?」
ヘミングウエイ「That's normal」
友人「Are you sure?」
ヘミングウエイ「Sure」

白人と黄色人種では、なぜ体温が違うのだろう。一説によると、白人は肉を多く食べるからだという。もしかしたら、それもあるかもしれない。でも、欧州での寒さを8ヶ月に渡って経験したわたしとしては、それに耐えうる体(体温)が神さまから贈られたものだと感じている。
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by yukaashiya | 2012-12-05 17:22 | 帰国編 | Comments(0)