カテゴリ:旅行編( 26 )

チチェン・イツァの聖なる泉(セノテ) / 中南米旅行の締めくくり(ついに・・・)

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日本のほぼ裏側に当たる中南米を訪れて、早3ヶ月が過ぎた。ロンドンへ戻ってもうすぐ3ヶ月になろうというのに、旅行記を終えていないこの体たらく(笑)。今日はやっと、その最後である。

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メキシコのチチェン・イツァ・ツアーには、セノテ(聖なる泉)訪問も含まれていた。もともと有名な泉は観光客が多過ぎて情緒が味わえないそうで、最近開発されたというセノテ「X-Cajum」へツアーは私たちを連れて行ってくれた。

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とても洒落たつくりで、石造りのこんな椅子のオブジェも見ているだけで楽しい。

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上部から見たセノテ。ユカタン半島は密林の湿潤地帯だが、川はないらしい。ただ、石灰岩質の土壌のため、雨は全て地中に染み込んで地下に水の溜まる空洞を作るらしい。その空洞の地面が陥没してできたのがセノテなのだと、ガイドブックには書いてある。

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美しく開発されたここは、セノテへ降りて行く階段もこんなに洒落ている。
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こちらは逆に、下から見た写真。

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そして視界は、こんな風に開ける。泳ぐこともできるのだ。

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1ヶ月で中南米の中の9ヶ国を駆け足で回った旅は、この美しいセノテを見て幕を閉じる。

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メキシコ・メリダの街からは、メキシコの首都メキシコ・シティ、そして米国のロスを経由して日本へ戻った。夜中の2時半起き、4時半にはメリダの空港に着いて、6時発の便でまずメキシコ・シティへ向かう。デルタ航空を利用したのだが、スポーツバッグ1つ預け入れで、500ペソ(約3000円)も取られた。そのうえその際、「メキシコへバスで入国しているからメキシコからロスへ飛ぶ際にメキシコ・シティの空港で100ペソのペナルティを徴収される」と言われた。なぜなぜなぜ。

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実際にはそんなもの徴収されなかったが、心臓に悪い(笑)。ちなみに、メキシコ・シティで国際線に乗り換える時、パスポート・コントロールはなかった。イミグレーションカードを回収されただけで、出国スタンプはナシ。米国といいメキシコといい、それでいいんでしょうか(笑)。

ロサンゼルスに到着したのは、正午。関西空港へ飛ぶ便は、夜中の1時半発。そう、13時間の待ち時間が発生。ロスへ着くまでの便にはもっと遅い時刻のものもあったのだが、中南米の飛行機は結構遅れたりキャンセルになったりするので早い時刻の便を押さえたのだが、ロスの空港では荷物を預けられるロッカーも預け入れ所もなく(多分、安全のため)、街へ買い物に出るのは断念。コーヒーを飲んだりピザを食べたり本を読んだりベンチで寝たりして(笑)、チェックインまでの11時間をすごしたのだった。チェックインしてやっとラウンジでゆっくりできると思ったら・・・予約していたエア・チャイナ、搭乗時刻の10分前にラストコールをするという暴挙に出た(!)。そんな航空会社、見たことないよ(笑)。

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旅は人生の縮図のような面があって、それまで経験したことないようないろんな体験ができますな。いい体験もあるけど、多くは心臓に悪いことだけど(笑)。

記憶ではグアテマラの空港だったと思うけど、到着してからパスポート・コントロールへ向かうまでの通路には、「入国の際、パスポートにちゃんとスタンプが押されたかどうか確認して下さい」という看板がいくつもあった。疲れ果てていた私は、搭乗客に確認させるんじゃなく職員の指導をちゃんとせよとぶつくさ言いながら歩いたのを覚えている(笑)。

最後の写真は、メリダの町のメキシカン・レストランでのもの。案内された席のすぐ前でタコスを作る実演がされていたので、作っているおばさんに写真を撮ってもいいかと尋ねたら快諾してくれた。カメラを向けるとちょうどその時、右に立っているウエイターがおばさんに話しかけたのだが、おばさんは彼を怖い顔で叱り、「今から写真を撮るんだからあっちへ行け」とばかりに、ウエイターを手で追い払った(笑)。ウエイターはウエイターで、そばに立って彼までポーズをとってくれた(笑)。


中南米の旅で最も苦労したのは、移動の手段とプランの組み立て。日本人の中南米への旅行者の絶対数が少ないのと、日本人は大抵、私が今回計画した旅程とは逆周りをするからなおさらだ。旅ブログ(QUE SERA SERA)(こっちも全然更新していないけど・笑)の方に今回の旅程と移動手段を記しておくので、私と同じ周り方を考えている人がいたら、参考にしていただければ幸いです。





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by yukaashiya | 2017-09-04 01:34 | 旅行編 | Comments(0)

チチェン・イツァ・ツアー(ダジャレでなく・笑)

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          (エルカスティージョ/スペイン語で「城」「城壁」)

中南米を巡ってきた最後の訪問地は、マヤ文明の聖地「チチェン・イツァ(泉のほとりのイツァ人の意)」。旅を終えて2ヶ月も過ぎるとさすがに書くのがメンドーだけど(笑)、旅の記録としてせめて写真は残しておこう。良いガイドに恵まれて、良い訪問ができたしね。

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ホテルにブッキングを頼んだツアーは8時間ほどで、たったの5252ペソ(約3000円)。入場料は別途、242ペソ(約1500円)だった。ホテルの送迎付き、英語のガイド、しかもランチ付き! 幸運にもとても知識が豊富なガイドで、人柄も良かった。ツアーの成否は、観光物そのものよりもガイドにかかっていることを、改めて感じたほどいいガイドだった。

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エルカスティージョはピラミッド様式の神殿で、かつ四面すべてに階段がある。しかも蛇の頭があるこの北側の階段は、一年に二度、春分と秋分の日に蛇の羽が影になって現れるという。また、階段はそれぞれ91段あり、×4面で364、プラス頂上にある神殿を合わせると365。つまり1年の日数を表しているのだ。これが9世紀に造られたものだというから、なお驚く。

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こちらは敷地内に残っている建物の柱だが、ガイドによると丸い柱は低い身分の人たちの建物、アッパークラスの人々の家の柱は四角なんだそうだ。

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そのガイドさん、私をホテルへ迎えに来て名前を確認した時、なぜか「チバ」と呼んだ(笑)。リストを見てすぐに言い直していたけど、最近参加した日本人がその名前だったのか、過去によほど印象的だった日本人参加者が「チバさん」だったんだろう。
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ツアー中も、何度か「チバ」と言っては、「アシヤ」と言い直していたもの(笑)。外国人にとって私の名字は発音し辛いことを知っているので、「ユカでいいよ。ユカタン半島のユカ!」と言っても、もしかするとメキシコでは客に対して失礼にあたるのか、彼は名字で呼ぶことにこだわっているようだった。

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でもね、最後には、私の名前は「アチバ」になったもんね(笑)。チバとアシヤを足してアチバ(笑)。
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グレーのボロシャツを着ているのが、そのガイドさん。真面目に説明するだけでなく、チチェン・イツァを「チキン・ピッツァ」とダジャレを言うなど、参加者を楽しませてくれる人だった。もしアナタがここへ行って彼に会ったら、「日本のアチバがよろしくと言っていた」とお伝え下さい(笑)。

それではあとは、写真をどうぞ(笑)。
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(ドクロ彫!)

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by yukaashiya | 2017-08-29 02:29 | 旅行編 | Comments(0)

メキシコ・メリダの街

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         (メリダで泊まったブティック・ホテル「Koox Art57」)

中南米旅行最後の地は、メキシコ・メリダにした。メキシコ・シティはとても危険で、メキシコ人でさえいくのを躊躇すると聞いたし、最後の観光目的地チチェン・イツァへ行くにはカンクンでも良かったのだが、カンクンからだとバスで3時間、メリダからだとバスで2時間で行けるというのもあった。そして何より、メリダの街の中心地はスペイン植民地時代の面影を濃く残していると聞いていたからだった。現代的ビルが林立している場所には興味がない。歴史を散策で味わいたいのだ。

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パレンケからADOのバスで約8時間。このADOバスは大手で、パレンケでのターミナルも立派だったし、バスも新しくて綺麗、トイレもちゃんと使えて(あっても使えないバスが中南米では多い)、2人の運転手はどちらもとても紳士的で、時間もオンタイムで、とにかく何から何まで快適だった。

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宿泊先のブティック・ホテルも味わい深くて良かった。到着が朝6時半頃でチェックイン時刻まではかなりあったのだが、ダイニング・エリアでコーヒーを出してくれて、部屋の用意ができたからと10時頃にはもう部屋へ入らせてくれた。こういう臨機応変さや柔軟性は、とても心地よい気分にさせてくれる。ホテルを探している時、植民地時代に建てられたとても趣のあるホテルを実は気に入っていたのだが、過去の宿泊者のレビューに「掃除がきちんとされていない」というのが多かったので、そこをやめてここにしたのだった。結果オーライ。

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メリダの街に着いてから、記憶の片隅からふと、子供の頃に感じたことを思い出した。遠い昔、世界地図をみながら、この辺りにいつか絶対に行ってみたい、と思ったのだ。なぜなら、ここはユカタン州。そう、「ユカ」タンだから(笑)。子供の頃の何気ない夢ではあるが、それを大人になってから旅の巡り合わせで叶えていることに、人生の不思議さを感じた。

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スペインの植民地だったのは、1500年代からの約300年。これはメリダの街の中心地にある、ユカタン半島最大の大聖堂。

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中心部はとてもこじんまりとしていて、広場を軸にぐるりと歴史的な建物が立ち並んでいる。これはその1つで、「モンテホの家」。

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写真で見るより実物の方がずっと味わい深く、思わず立ち止まって見入ってしまった。1549年の建築で、ユカタンを征服したF.モンテホ氏が財力を生かして建てたものらしい。

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この彫刻は、ちょっとコワイけど(笑)。

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広場には州庁舎もあり、自由に内部を見学できる。

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マヤ文明をテーマにした27の壁画があるし、おそらくダンス・ホールだったであろうこの部屋はギャラリーになっている。

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たまたま、何かの写真撮影が行われていた。
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広場を囲む建物の回廊から見た風景。観光用の馬車があって、それがこの景色に彩りを添えていた。

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広場には、こんな洒落たベンチも。恋人同士がおしゃべりしている風景は、まさしく絵になっていた。
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アーケードもある。
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周辺はスペインや欧州をイメージさせる建物が結構ある。野口英世が黄熱病の研究をした病院(オーラン病院)がメリダにはあるらしいが、乗合バスで10分かかるというので、行くのをヤメた。旅の疲れはもうピークに達していたのだ。

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それでせめてもと中心部の散策は色々としてみた。
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先に書いたようにこじんまりとした中心街だが、スペイン統治時代の、かつ美しく保たれている建物は、十分に楽しむことができた。ただ、お土産を買うようなお店は、ここでは土産物店以外では難しい。それで、大きなマーケットがあると聞いたので、何か洒落たものでメキシコらしいものが見つからないかと、そこへ行ってみた。

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・・・うっく。東南アジアで見る発展途上国のマーケット同様でしたあ。それにしても不思議だ。南米も含めて、発展途上国のマーケットや売られているものは、大体世界共通なんだもの。時には、暮らす人々の風貌も。どんなに離れた国でも、また人種さえも超えて、作るものや欲するものが、人間は共通しているということなのかもしれない。




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by yukaashiya | 2017-08-14 23:34 | 旅行編 | Comments(0)

パレンケ遺跡

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メキシコのパレンケ遺跡は、マヤ古典期後期を代表する遺跡。800年ものあいだ人々に忘れ去られていたが18世紀にスペイン人宣教師によって、ジャングルの中で発見された。世界遺産にも登録されている。ぜひもので行きたかった遺跡の1つで、場所が不便ながら中南米はバスが発達しているので訪れることができた(鉄道はほとんどない)。

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そのパレンケ遺跡のおかげだけで賑わっているような小さな町が、パレンケの町。約1ヶ月をかけての中南米の旅も終盤に差し掛かり、疲れがピークに達しつつあったここでは、とにかく移動が便利な宿を取ることにした。パレンケ遺跡へのバスが宿の斜め前から出発し、かつグアテマラのフローレスから移動してきた時と、パレンケの後に向かうメキシコ国内メリダへ向かうバスの乗降に便利な場所で、いわば安宿に宿泊した。

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            (木にこんなに真っ赤な花が咲く)

部屋もバスルームも広くて清潔で、Wifiサクサクでベッドも悪くなく、それでいて1泊2500円ぐらいだったから、こういう安宿なら悪くない。ここへの移動を共にしたフランス人は「僕には高い」と言って彼は1泊数百円の宿を探しに行ったけれど(笑)。

パレンケは、遺跡へ向かう乗り合いバス(約20分)が20ペソ(約120円)、遺跡がある公園へ入るための入場料32ペソ(約約190円)、遺跡への入場料70ペソ(約420円)と、何でも安かった。ただし、メキシコの街中では現在アメリカ・ドルは全く使えなくて、両替しなくちゃいけない面倒臭さはあった。

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      (遺跡のある公園には、こんなトロピカルな花も咲いている)

1つ苦心したのは、宿のスタッフがやっぱり英語を全く理解できないことだった。なぜなら、発つ日のバスは夜10時発だったので、チェックアウト時刻を延長して欲しかったのだが、最初に対応してくれた若い女性が、紙に時刻と提案料金を書いてさえも理解できないようだった。

どう書いたかははっきり覚えていないが、たとえば

check out on 2nd June at11am / 400 peso → check out on 2nd June at 9pm / 600peso

というふうに書いて、この金額でチェックアウト時刻を変えてくれないかなと尋ねてみたのだ。だけどその若い女性スタッフはチッェクアウトは午前11時で料金は400ペソと繰り返すばかり。全くラチが開かず、夕方になれば別のスタッフが来るというので、その人を待つことにした。夕方に来た年配の女性スタッフはやはりスペイン語しか話せなかったが私の書いたメモですぐにこちらの要求していることを理解してくれて、金額はもう少し上がったものの、やっと交渉成立。言葉が通じないというのは、本当に不便である。

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さて、パレンケ遺跡だが、このように公園の敷地内にある・・・と書いて、そのあともずっと写真アップロード&説明を書いたのだが、あと少しで終わりというところで、ページがクラッシュ! Exblogって、これがたびたびあるのよね。そのためここまではコピーを繰り返していたので貼り付けられたけど、あとは今日はもう疲れたので、写真だけでご勘弁を。以下、パレンケ遺跡でーす。

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おっと、ここはジャングルの中だけあって、けっこう蚊がいる。マラリアに感染する危険性があるので、長袖やスプレーで防御することを強くお勧めしておく。一般的な日本のものは効かないが(多くの東南アジア国でも日本の虫除けは大抵効かない)、私はディート30%の「サテラクト30」というミストを買って持って行き、その虫除けはしっかり効いてくれた。

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by yukaashiya | 2017-08-13 05:41 | 旅行編 | Comments(0)

騙し取られた「出国税」という名の詐取金

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グアテマラのティカル遺跡を観た次に、目指すはメキシコのパレンケ遺跡。朝3時半に起きて5時発のバスに乗り、ボートで国境を越えてメキシコへ入り、再びバスに乗ってパレンケの町へ向かう。計9時間の旅だ(最終的には10時間かかった)。が、飛行機の便はこの間にないので、仕方ない。グアテマラ側の道路は日本人が「悪路」と呼んでいるようだが、要は舗装されていない道で、車両や運転手によっては乗り心地がひどいかもしれない。

わたしの場合は、車両こそ15人乗りぐらいのミニバスで古かったけど、助手席に座らせてもらえたことと、運転手が蛇行運転にはなるものの通る箇所を選びながら走ってくれたので、道中で爆睡したほど道の悪さを感じなかった(笑)。ちなみに、運転手は70歳ぐらいの男性だった。

バスは、ホテルに迎えに来てくれた。愛想もへったくれもないドライバーだったが、グアテマラ側でサヨナラする時に握手を求めて来てくれた(笑)。日本の外務省の海外安全ホームページではグアテマラ全土がレベル1の「十分注意してください」だったが、印象としては、グアテマラ人は往々にして人の良さが感じられる国民性のようだった。

ふと思い出したのが、隣国コスタ・リカから飛行機でグアテマラ入りした時(飛行機は40分の遅延)、わたしがカバンに入れていたバナナが入国時の荷物検査で引っかかった。持ち込んじゃダメなんだそうだ。担当係官は「食べて行けば」と笑う。「ここで?
いいの?」「そうしなよ」ってんで、わたしはフローレスの空港の荷物検査場で立ったままバナナを食べた(笑)。ふつう持ち込み不可のものを持ち込もうとした場合は無愛想に没収されるだけだから、こんな国、多分ほかにはないと思うよ(笑)。

メキシコ・パレンケへのバス&ボートの旅で助かったのは、同乗したフランス人旅行者がスペイン語を話せたこと(同乗者は1人だけだった)。彼は1年半をかけて南米〜中米を旅しているそうで、英語もスペイン語も堪能。バスの運転手やボート乗り場のスタッフも全員スペイン語しか話せなかったので、彼がいなかったらどうすればいいか分からなかった局面がたくさんあったもの。

それでも2人とも騙されたのが、グアテマラを出る時に支払わされた出国税。40ケツァルか5ドルを払えと出国審査時に請求されたのだ。グアテマラの場合、飛行機を使って出国する場合は空港で出国税(US$30)が請求されるが、陸路移動では発生しない。なのに、請求されたのである。

払わなきゃいいやん、と思うでしょう。だけど、ごねたり払わなかったりして、パスポートを返してくれなかったり出国を拒否されたり、あるいはちゃんと持ち歩いて審査時にも提出した入国カードをそんなもの受け取っていないと言われたりしたら後が大変なのである。だから審査場にいるお役人達は、旅行者相手に詐取できる。5ドル(約550円)という安い金額だし、陸路移動している旅行者たちは大抵がそのあと旅を続けるから、いちいち役所へ行って訴えたりしないだろう。そんなことに、貴重な時間を割きたくないからである。そうして、悪ははびこる。

ところで、日本政府が海外へ出る旅行者に対して出国税を設ける案を持っているようだが、出国税なんてものを徴収しているのは、発展途上国の、そのまた一部だけであることを、ここに記しておこう。

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          (メキシコ・パレンケの町)



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by yukaashiya | 2017-08-04 02:05 | 旅行編 | Comments(0)

遺跡を観に泊まった「ペテン」県で泊まったホテルの名は・・・

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(グアテマラで見た、不思議な木)

南米の6カ国を抜けて中米のコスタ・リカへ入ったわたし。あれ、ブラジルやコロンビアへは行かなかったのかと旅行の話をした日本人100%に聞かれたが、どちらもわたしは観光する興味のある場所がなかったし、危険度の高い国だし、特にブラジルはビザを取らなきゃいけなくてそれに1週間程度の時間と1万円超の申請料金がかかる。見たいところがない、危険、時間と費用がかかりすぎと、三拍子そろって(?)マイナス要因があるところへわざわざ行く必要はないと判断したのである。唯一、アマゾンの奥地だけは興味があったが、マラリアに感染する危険性が高い。そんな冒険を、こんな歳になって(?)したくない気持ちもあった。

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そんなわけで中米へ北上し、コスタ・リカの次はグアテマラへやってきた。コスタ・リカの国際空港をお昼に出発してグアテマラの首都グアテマラ・シティを経由し、20時過ぎにフローレスという町に到着した。滞在したのはサンタ・エレナ地区のブティック・ホテルで自然を感じさせる素敵な宿だったが、なんと、着いた日の夜、シャワーを浴びている最中に街全体で断水・・・髪も体も洗い終わって最後に流している頃だったので何とか事なきを得たものの、中南米のインフラストラクチャーの脆弱さを改めて思い知らされた。

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ただ、このホテルのフロントにいた女性が同性でも素敵だと思わせる人で、しかも英語が堪能。ちゃんとした説明を受けてホテルのせいではないと納得できたことは、長旅で疲れている精神を落ち着けさせる効果として大きかった。だって今回の旅では、交通と宿の問題がありすぎだもの。

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このフローレスという土地へやってきたのは、遺跡へ行くことが目的である。マヤ遺跡としては最大規模で、ガイドブックによれば最も重要な都市遺跡として知られているそうだ。ユネスコの世界複合遺産に登録されており、グアテマラ最大の観光場所でもある。

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現地に着いてから簡単にツアーに申し込めそうだったので事前には予約しておらず(万が一の場合は自力でも行けるようだった)、空港からホテルまでの乗合バスの運転手がツアー会社も経営しているようだったので、そのおじさんに申し込んだ。片道1時間半ほどのホテルへの送迎とガイド付きで、約2500円(入場料は含まず)。安いっ!!!

ちなみに、ティカル遺跡があるのは、日本人なら笑ってしまいそうなネーミングの「ペテン」県である。

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ただし、ガイドはイマイチで、遺跡についての説明はほとんどなく、ガイド自身が興味を持っているらしい鳥の話とか遺跡には全然関係ない話の方が多かった。ガイドはどの国でも当たり外れがあるものだが、これまで旅してきた中で、最もひどいガイドだった。

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そんなわけで、今回は日本のガイドブックに頼らざるを得なかった。

このティカルには紀元前800年前から人が暮らし始め、何と紀元1世紀には王朝が成立。800年後にはそれが崩壊してしまうが、最盛期の8世紀には都市として約6万人が暮らしていたそうだ。

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ここはまさにジャングルの中にある遺跡で、IV神殿から望む遺跡を含めたこの眺望は特に素晴らしかった。ここまで登ると、時折ライオンか何か獰猛な動物が叫んでいるような声があちこちから聞こえてきたが、猿の声らしい。行って聞いたら、かなりびっくりするよ(笑)。

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ジャングルにはこんなカラフルな鳥も棲息しているらしいが、目撃することは叶わなかった。ま、そんなもんですよね。

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でも、こんな植物は見ることができました。

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遺跡には現在修復中の建物があるが、日本が費用面などかなり支援しているらしい。日本政府は自国の自然災害に遭った人々への支援は限定的だし年金問題などを含めてお金に関する問題がずっと山積みしているが、こんな風に外国にいろんな形でお金を配りまくっている。発展途上国の文化などを支援するのはとても良いことではあるが、まずは国民の暮らしを第一に考えるべきじゃないだろうか。どこの国だったかが行なったリサーチでは、日本国民の感じている幸福度は調査対象となった50カ国ぐらいの中でとてもとても低かった。

マジメな話の後になんだけど、わたしが泊まったホテルの名は「QUINTA MAYA」。日本語に替えると・・・(笑)。





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by yukaashiya | 2017-08-01 01:48 | 旅行編 | Comments(0)

何もできなかったコスタ・リカ

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南米旅行に続いてやってきたのは中米のコスタ・リカ。首都はサン・ホセで、もっと自然の溢れる都市かと思っていたら、東南アジアの繁華街と似たような雰囲気。日本のガイドブックには「中米のスイス」と書いてあったが、わずかな建物が欧州的なだけであって、写真を撮りたくなるような建物はほとんどなかった。街頭では靴下や宝くじ、傘を売ってたり、ただおしゃべりをしているだけのおじさんやおばさんたち。もっと洗練された町だろうと推測していたので、がっかりした。

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ホテル・サイトで選んで泊まったホテルは幸い良い宿で、オープン仕立てのスペイン系のホテルだった。2つのフロアを吹き抜けにして中央にリビング・エリアがあり、それを囲んだ形で客室が並んでいる。それが2階と3階、4階と5階に作られているという珍しい作りだった。

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客室の天井は日本並みに低かったが、広くて快適。ベッドも寝心地が良かった。このホテルで3泊して自然保護区などへのツアーに参加して、ケツァール(手塚治虫氏の「火の鳥」のモデル担った鳥)や体が赤く足が青いイチゴヤドクガエルを見たかった。だけど、不可能だった。

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(中心分にある郵便局)

飛行機の遅延のせいでガラパゴスからの移動に余計な1日を使い、まずエクアドルのグアヤキルからコロンビアのボゴタ(ここでは中国のようにライターを没収される)を経由してコスタ・リカへ着いた日は移動のために夜中の2時起きでフラフラで到着し、しかもこの日はホテルの水道が故障のために止まり、手も洗えなければシャワーも浴びられない始末。何もできなかった。着いた翌日は、朝からトイレが故障して使えず。そんなこんなで予定していた片道4時間のモンテベルデ自然保護区へのツアーは断念。個人で公共バスを使って1時間程度で行ける自然地区へ行くことも考えたが、もうどうでもよくなった。3日目は大雨で、そんな中、自然地区へ行ったって鳥たちが姿を表すとは思えない。何から何まで不便な中、もういいやと、ほとんどホテルにいた。

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(アンネ・フランクの像。どうやらコスタ・リカにはユダヤ人が多いらしく、大きなコミュニティがあるという。キリスト教で言うところの教会「シナゴーク」がこの像の横に立っている)

食事だけはどうしようもないので出かけたが、特筆すべきことは何もない町だった。スーパーマーケットではUSDで買い物ができ、そのお釣りはコスタ・リカ・コロンでくれてそのレートはほとんど実質的な為替レートだったので良心的だったが、それぐらいか。
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いや、劇場は歴史の重みを感じさせてくれる美しさを誇っていた。当時あった「コーヒー税」で建てられたものなんだとか。

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町をブラブラしただけの、コスタ・リカ。何しに行ったんだろう・・・ま、南米旅行で疲れていたので、骨休めはできましたが。




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by yukaashiya | 2017-07-30 03:06 | 旅行編 | Comments(0)

ガラパゴスでの、再びのハプニング

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サンタ・クルス島からサン・クリストバル島へはボートで移動。地元の人はボートと言っているが、20人ほどが乗れるクルーザーである。2時間の航行を、わたしは楽しみにしていた。ところが、ドライバーの運転がひどく、波が高いにも関わらずガンガン飛ばす。船のことはよく知らないわたしだが、悪ノリして運転しているようだった。

船底に座席のある我々乗客からすると岩の上を船がガンガンと音を立て飛び跳ねながら進んでいる感覚で、揺れるだけじゃない、脳や内臓が頭や体の中でひっくり返るような感覚に陥った。頭痛は激しく、内臓は体の内部でぐちゃぐちゃになりそうな感じで、これが2時間の間ずっと続いたのである。何人かの人は耐えきれずもどしていた。まるで拷問のようなクルージングだった(*BartolomeのPodmar)。

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クルーザーを降りた段階では、歩くのも難しいほど体が疲弊しきっていた。ホテルのご主人が迎えにきてくれていて助かった。ただ、午後から島を散策して軍艦ドリなどを見に行く予定にしていたが、とてもじゃないけどもう出歩ける体力は残っていなかった。それほど、ひどい運転だったのである。

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幸いにも部屋は広く、ベッドもゆったりしていてゆっくり休むことができた。ちなみに、このサン・クリストバルのホテルでもタオルのアートが作られていて、それも気持ちを和ませてくれた気がする。

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ホテルは家族経営で、なかなか凝った作りをしていた。これは朝食を食べるためのルーフ・テラスで、朝食も美味しかった(特にフレンチ・トースト)。

あでも、着いた日の夕方は歩いて10分ほどの繁華街へ夕食を食べにでかけた。町から飛行場まで車で10分という近さのサン・クリストバルはだけど、サンタ・クルス島に比べると閑散としていた。たまたまかもしれないけど観光客はとても少なく、泊まったホテルだってトリップ・アドバイザーで高評価を得ているにも関わらず、わたしが泊まった日の宿泊客はわたしだけだった。サンタ・クルス島に比べると見られる動物たちが少ないからかもしれない。ただし・・・

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アシカは山ほどいた! 不気味なほど、たくさん(笑)。

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いや、笑ってる場合じゃなかったのでございます。

翌朝、空港へはホテルのオーナーの奥さんや子供たちが車で送ってくれて、とても温かな気持ちに包まれた。次に目指すは、コスタ・リカのサン・ホセ。その日のうちに到着する。飛行の乗り換えの順としてはサン・クリストバル発12:30→グアヤキル到着15:20、グアヤキル発18:30→パナマ20:39着、パナマ発21:27発でサン・ホセ21:51着の予定だ。体調も少しは良くなり、気持ちよく向かえそうだ。

ところが、あにはからんや。チェックインをしにカウンターに行くと、係員はわたしのチケットとモニターを照らし合わせ、「お気の毒ですが、今日はサン・ホセまで行けません」という。はあぁぁ〜っ?!!!

中南米の旅行でたびたび起きている「交通」と「宿」の問題が、またもや起きたのである。

サン・クリストバル発グアヤキル着の飛行機が2時間の遅延で、サン・ホセまでの乗り継ぎが不可能になったと言うのだ。グアヤキルで一泊して翌朝にサン・ホセまで行く飛行機に乗り換えてくれという。え〜っ、そんなことになると、現地に行ってから申し込もうと思っていた現地ツアーが、週末のため申し込めなくなる可能性がいたって高い。加えて、サン・ホセで予約していたホテルの宿泊料は泊まらないのに払わなきゃいけないという事態が起きる。

だけど、そんなことを言ったって、飛ばないのもは飛ばない。遅れるものは遅れる。飛行機会社(Avianca)のスタッフは、グアヤキルでの移動手段とホテル、そして夕食は当社で用意すると言う。それは当たり前だけど、その後が良くなかった。

チェックイン・カウンターのスタッフは、サン・クリストバルを発つ前までに、搭乗口でグアヤキルに着いてからの移動手段とホテルを知らせると言っていたのに、搭乗口のスタッフは誰も知らない。中には、グアヤキルに着いたら街中へ行って彼らの事務所へ行きそこで聞けと言う。また別のスタッフは、グアヤキルの空港に彼らの事務所があるからそこで聞けと言う。わたしからすると、どっちもアホなこと言うたらあかん、である。そうこうしているうちに、搭乗時刻になった。

わたしはグアヤキルに着いたあと、どうすればいいんだ?

とりあえず機内に乗り込むも、スタッフもキャビンアテンダントの誰も明確な答えを持っていない。だけどあまり騒ぎ立てて搭乗拒否されても困ると、ユナイテッド航空の事件が頭をよぎる。

そこへ「救いの手」(?)を差し伸べたのは、男性キャビンアテンダント。とても冷静な彼は、グアヤキルに着いたら全て整っているように手配し、到着した段階であなたの名前が書かれたボードを手にしたスタッフが待っているようにすると言ってくれたのだ。あとはもう、それを信じるしかない。

グアヤキルに着いて飛行機を降りると、待ち構えていたスタッフが「あっちに用意を整えた別のスタッフがいるから行ってくれ」と言う。それがどの人なのか分からない。全く不親切である。分からないと言うと、とても面倒くさそうに「別のスタッフ」の姿が判別できる位置までは案内してくれた。

たどり着いたのは女性スタッフで、用意された宿泊先はヒルトン、移動はヒルトン専用のシャトル・バス。やっと人心地が着いて、ヒルトン・ホテルに到着。チェックイン・カウンターではホテルのスタッフがとても親切に出迎えてくれた・・・が、え? 夕食のバウチャーは15ドル分? ヒルトン・ホテルで15ドル? それ、夕食を食べれる金額なの ?しかもレストランじゃなくて、デリ・カフェ?

たったの15ドル・・・そうつぶやくと、ホテルマンは「少ないですよね。でも、いつもそうなんですよ」と苦笑した。そう、苦笑してそれを受け入れるしかないってことだ。

ただ、そのデリカフェのスタッフがこういう成り行きをよく承知しているのか、明らかに追加金額が必要なだけの食事(ヴァイキングのような形)と飲み物を注文したにも関わらず、「このバウチャーだけで結構です」と、追加料金を請求してこなかった。えらいっ!










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by yukaashiya | 2017-07-28 23:39 | 旅行編 | Comments(0)

サンタ・クルス島でのハプニング

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ガラパゴス諸島は、13の大きな島、6つの小さな島、そして42の岩礁で構成されているらしい。そのうち観光の中心地になるのはサンタ・クルス島で、そこからイサベラ島やサン・クリストバル島、サンタ・マリア島などを巡ることになる。ただし島々を巡るには、結構な日数を要する。わたしは海でずっとのんびりするタイプではないし日数も限られていたので、2泊をサンタ・クルス島で、1泊をサン・クリストバル島で過ごした。この写真は、サンタ・クルス島である。

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想像していたよりずっと観光地化されているし、道はコンクリートが敷き詰められている。ただし、お店はしゃれたものが結構あり、このショップもガラパゴスゾウガメの甲羅をイメージして建てられたようだ。

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これはジュエリー・ショップ。

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島には、チャールズ・ダーウィン研究所がある。中心街から歩いて30分ぐらいだったろうか。そこへ行けば、ガラパゴスゾウガメに会うことができる。英国人のダーウィンは1835年にガラパゴス諸島を訪れ、ここで発見したことをきっかけに「種の起源」で進化論を発表した。

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研究所への通り道には、こんな施設もある。色とりどりのタイルを細かく砕いて装飾していったものが屋外で展示されているのだ。

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こんなにカラフルで可愛らしい椅子もある。

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これは、ランチを食べたその近くのレストラン。デザートに食べたクレープが美味しかった。

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ダーウィン研究所を訪れた翌日には、ボートでサン・クリストバルへ移動し、さらにその翌日には飛行機で中米のコスタ・リカまで移動する予定だった。

だった、と書いたのは、その通りにいかなかったからだ。

交通や宿で何かと問題が起きている中南米の旅。その飛行の前にも、小さな問題が起きている。というのも、泊まったホテルのオーナーの息子さんに、サン・クリストバル島へ移動するためのボートのチケットの手配を依頼した。彼はボート会社へ連絡して座席を確保してくれ、わたしにボートの名前と出発時刻をメモに書いてくれた。チケットは要らないんだと。ボートに乗る当日、チェックインの時に名前を言えばそれでいいらしい。

それはそれで発展途上国らしいなあと思ったが、どうも気持ちは落ち着かない。それに、何かと問題が起きている旅なので、念のため船着場に行ってボート会社の人に乗るボートの名前を告げてみた。するとなんと、その船はイサベラ島へ向かう船だという。え〜っ、それに乗ってしまったら、その日のうちにはサンタ・クルス島には戻って来れないどころか、サンタ・クルス島を挟んで反対側にあるサン・クリストバル島への移動も不可能になる。

急いで宿へとって返し(歩いて10分程度)、ことの成り行きをオーナーの息子さんに伝えた。彼はボート会社にすぐに電話してくれて、ボート会社スタッフのブッキング・ミスであることが判明。幸運にもサン・クリストバル島行きのボートにもまだ座席が残っていて、改めて予約することができた。わざわざ船着場まで行って、確認して良かったあぁ。

翌朝、ボートは7時発。30分前までにはチェックインしろと言われており、ホテルから船着場まではタクシーを前日から頼んでいたが、タクシーは来なかった・・・こういうこと、発展途上国ではまだまだあるんだよなあ。見かねたホテルのオーナーが、自分のジープで送ってくれたから良かったようなものの、心臓に悪いわあ。

これに続き、船着場に着いて自分の乗るボートのチェックインがされていたカウンターへ行くと、ここではわたしの名前がないと言われる。またまた、え〜っ、である。これだから、チケットが要らない(チケットがない)というやり方はイヤなのだ。

わたしは前日の成り行き - ボート手配のミスやホテルの名前と予約してくれたオーナーの息子の名前などを告げ、ないはずはない、と言い切った。ボート代の30ドルの領収書も見せた。

カウンターにいた男性の方は「分かった。いいよ」と言ってくれたが、女性スタッフは「ダメ」という。いい加減にしてくれよと思いつつも、もう1度、いかにして予約したかを話した。

するとその女性スタッフ、「あ・・・もう1度、名前を言って」という。

わたしの名前が、乗船客のリストにあったのだ。

ただし、YUKA ASHIYAと表記されるべきところ、書かれていたのは次の綴りだった。

Ryuca Ashiphia

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by yukaashiya | 2017-07-22 23:27 | 旅行編 | Comments(0)

ガラパゴスの動物たちと、イグアナのキス

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ガラパゴス諸島のうち、わたしが訪れたのはサンタ・クルス島とサンクリストバル島。今日はサンタ・クルス島で出会った動物たちを紹介しよう。

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まずは、ガラパゴスアシカ。とても人慣れしていて、フェリー乗り場の通路に海から上がってきて、そこらへんで寝る(笑)。

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とても器用に「枕」まで使って寝る(笑)。

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人間がベンチに座っていれば「どけ」と言わんばかりに迫って行き、人がどいたらさっさとベンチに上がってすぐに横になる。ナマケモノめ(笑)。

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いつも威厳を見せているのは、ガラパゴス褐色ペリカン。

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夜の浜辺でも、凛とした佇まい。

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でもでも実は、水中に獲物がいないか狙っているのだった(笑)。

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獲物を捕まえられたかどうかは知らないが、ぎょぎょっ、そばを泳いでいるのは、サメの子供たち。大人のサメはここまで来ないらしいが、夕方になると毎日、子供たちは船着場へやってくるらしい。

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繁華街の近くにある市場で、水揚げされたばかりの多分ロブスター・・気持ちワルイと思うのは、わたしがロブスターを嫌いだからか。

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ダーウィン研究所で見かけたイグアナの一種(多分)。こんな色をしているのもいるのね(イグアナじゃないのかも)。

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ダーウィン研究所近くの浜で見かけた・・・これもイグアナ?

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ガラパゴスゾウガメは、ダーウィン研究所の敷地で飼われているものしか目にできなかった。これは、あるゾウガメに乗っかっていた他のゾウガメを蹴落として自分が乗っかろうとしている、やんちゃくれのゾウガメ(笑)。

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甲羅は高いし足は短いしで、乗るのは一苦労。

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これは別のガラパゴスゾウガメだが、やっぱり乗るのは大変そう。

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滑り落ちてしまい、首も引っ込んだ(笑)。

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イグアナは街の中心地でも少しは見かけられるけどとても少ないし、それらは大概歩道にべったりと寝そべっていて可愛げがない(笑)。ガラパゴスに来たからといって、ゾウガメもイグアナもそう簡単に見られる訳ではないんだなあと少々がっかりしていたところ、ダーウィン研究所の帰り道に海の方へ逸れた道を入っていくと観光客用ではない船着場に出た(通りかかったスタッフに聞いたら入って行って全然構わないとのことだった)。そこで、重量のある軟体動物がベチャッと音を立ててコンクリート上に飛び乗ったような音が聞こえた。見ると、イグアナたちが船着場のコンクリートをよじ登って来たところだった。その瞬間は、そのなんとも言えない音のせいで、ちょっとコワイ(笑)。それに彼らの動作は結構素早くて、近寄って来たらどうしようという恐怖心も少々湧いた。

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だが彼らは、人間なんてどうでもいいと言わんばかりに、仲間内で寄り添い始めた。

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日陰で暑さを凌ぐイグアナもいたけれど・・・

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「太陽に向かって吠えろ」とばかりに、揃って太陽を見上げるイグアナたちもいた。

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なんて綺麗に整列しているんでしょう(笑)。

一匹、彼らの邪魔をしようとした(?)のもいたけれど無視されて・・・

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イジけて離れて行った(笑)。

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別のところでは、家族か恋人たちなのか別のグループもいて、

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キスした(!)。







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by yukaashiya | 2017-07-20 06:29 | 旅行編 | Comments(0)