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雨がもたらしてくれた幸運

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(アントワープのノートルダム大聖堂)

先日パリで作家の高橋直子さんにお会いした時、ベルギーについてはまず食事について、次いで「ファッションはどう」と聞かれた。彼女は昔ファッション系の仕事もしていたから詳しいのだ。そう、ベルギー人にはお洒落な人がけっこう多い。なかでもアントワープはファッションの発信地で、それだけにアントワープ行きはショップ巡りも楽しみにしていた。

ところが、軒並みお休み。けっこう歩き回ったけれど、洋服を売っているお店で開いているところは一件も(!)なかった。日曜は全部お休みになるんだって。それはもうがっかりである。お店が閉まっているということは、装って出歩く人がいないということでもあるからだ。

そのうえ強い雨風で、歩くのも大変。わたしの傘は何本か骨がひんまがってしまったほどである。

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大聖堂を出た頃は最もひどくて、近くにあったイタリアン・レストランでランチしながら暖を取ることにした(それほど寒かった)。きつい風雨にお店を選んでいる余裕はなく、視界に入った「イタリアン」という文字だけで選んだレストランだったが、そこに入って正解だった。そのあとのアントワープでの時間が全く異なるものになったからである。

席へ案内してくれたスタッフがメチャクチャ愉快で陽気なイタリア人・セルジオ(シチリア島出身)で、わたしの隣の席は常連の地元のベルギー人夫婦。セルジオは常連さんだけでなくわたしをも会話に引き入れてすごく愉しませてくれて、そのおかげでベルギー人夫婦とわたしは会話を交わすようになった。そのなかで王立美術館までかかる時間を聞くと、「休館していると思うわよ」とのこと。アントワープでの目的はルーベンスの家、大聖堂、ウインドウ・ショッピング、そして王立美術館だったのだが美術館だけ離れた場所にあったのでその情報を聞いて助かった。なにしろ流しのタクシーは見かけないし、歩くと15分はかかるはずだからだ。

すでにランチを食べ終え食後のコーヒーも済ませていたわたしは、さてじゃあこのあとどうしようかと思案しながらトイレへ行って戻ってきた。すると、テーブルの上には湯気の立った淹れたてのカフェ・ラテが置かれているではないか。ベルギー人夫妻がわたしのためにオーダーして下さったらしい。

それでありがたく頂戴しているとセルジオがやって来て、わたしたちのテーブルをくっつけようと言う。わたしが「ご夫婦でいらしているんだから(ダメ)」というと、「ボクも座れば夫妻と恋人同士の席になる」と返して一緒に座っちゃう始末。ラテンのノリだ〜。

そのあとセルジオは、わたしたち3人にイタリアのリキュールとケーキを振る舞ってくれた。彼はオーナーではない。でもほかのスタッフもみんな笑って見ている。常連の夫婦がいい人たちだからだろうし、彼が自分の名を最初「ロミオ」だと名乗った時に「わたしの名はジュリエット」と返したのでそれを気に入ってくれたのもあるかもしれない(笑)。

もうハラは決まった。王立美術館へ試しに行ってみることはすっぱり諦めて(この時はまだ休館が確かかどうかは分からなかった)、ここで夫妻がいるあいだ一緒に愉しませてもらおう、そう決めたのだ。けっきょく、そのレストラン「Del Sud Classico」に3時間半ほどいただろうか。アントワープでの言語はオランダ語で、わたしはフランス語よりちんぷんかんぷん。奥さんのジェシーが英語を少し話せたので会話は何とか成立していたが、ご主人はいくつかの単語を知っている程度で、でもそれでも楽しいひとときだった。それもこれもご夫妻の人柄と楽しいウエイターのセルジオの存在、そして何時間座っていても追加注文を聞きに来たりしない欧州のレストランの環境などが整って実現したひとときだった。

ふと、ロンドンでイギリス人のディーンが言っていたことが思い出された。彼は二度、日本に滞在したことがあり、3ヶ月滞在した一度目の時、日本に慣れていなかった彼はまるでリラックスできなかったという。

「だって客を1分待たせただけで『お待たせして申し訳ありません』と頭を下げて謝り、ビールを飲んでいればおかわりを聞いてくる。コーヒーを飲み終わったらすぐに店を出て行かなきゃいけない雰囲気がある。いろんなことが全てオートマチックで、とてもリラックスなんてできないし、会話も愉しめないよ」

おっしゃる通りです。

欧州では万事「急かされる」ことがなくて実にゆったりできる。


この日、イタリアンレストランを3人で出たあと、夫妻は別の店で美味しいマティーニをご馳走してくれ、アントワープの駅まで送ってくれた。姿が見えなくなるまで手を振っていてくれた二人とは、会うことはもう2度とないだろう。でも人生の一コマに刻み込まれ、久しぶりに楽しい旅気分を味わえたひとときだった。

雨が雨滴とともに空から舞い降ろしてくれた幸運である。

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by yukaashiya | 2013-10-16 06:02 | ベルギー生活編


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