メキシコ・メリダの街

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         (メリダで泊まったブティック・ホテル「Koox Art57」)

中南米旅行最後の地は、メキシコ・メリダにした。メキシコ・シティはとても危険で、メキシコ人でさえいくのを躊躇すると聞いたし、最後の観光目的地チチェン・イツァへ行くにはカンクンでも良かったのだが、カンクンからだとバスで3時間、メリダからだとバスで2時間で行けるというのもあった。そして何より、メリダの街の中心地はスペイン植民地時代の面影を濃く残していると聞いていたからだった。現代的ビルが林立している場所には興味がない。歴史を散策で味わいたいのだ。

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パレンケからADOのバスで約8時間。このADOバスは大手で、パレンケでのターミナルも立派だったし、バスも新しくて綺麗、トイレもちゃんと使えて(あっても使えないバスが中南米では多い)、2人の運転手はどちらもとても紳士的で、時間もオンタイムで、とにかく何から何まで快適だった。

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宿泊先のブティック・ホテルも味わい深くて良かった。到着が朝6時半頃でチェックイン時刻まではかなりあったのだが、ダイニング・エリアでコーヒーを出してくれて、部屋の用意ができたからと10時頃にはもう部屋へ入らせてくれた。こういう臨機応変さや柔軟性は、とても心地よい気分にさせてくれる。ホテルを探している時、植民地時代に建てられたとても趣のあるホテルを実は気に入っていたのだが、過去の宿泊者のレビューに「掃除がきちんとされていない」というのが多かったので、そこをやめてここにしたのだった。結果オーライ。

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メリダの街に着いてから、記憶の片隅からふと、子供の頃に感じたことを思い出した。遠い昔、世界地図をみながら、この辺りにいつか絶対に行ってみたい、と思ったのだ。なぜなら、ここはユカタン州。そう、「ユカ」タンだから(笑)。子供の頃の何気ない夢ではあるが、それを大人になってから旅の巡り合わせで叶えていることに、人生の不思議さを感じた。

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スペインの植民地だったのは、1500年代からの約300年。これはメリダの街の中心地にある、ユカタン半島最大の大聖堂。

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中心部はとてもこじんまりとしていて、広場を軸にぐるりと歴史的な建物が立ち並んでいる。これはその1つで、「モンテホの家」。

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写真で見るより実物の方がずっと味わい深く、思わず立ち止まって見入ってしまった。1549年の建築で、ユカタンを征服したF.モンテホ氏が財力を生かして建てたものらしい。

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この彫刻は、ちょっとコワイけど(笑)。

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広場には州庁舎もあり、自由に内部を見学できる。

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マヤ文明をテーマにした27の壁画があるし、おそらくダンス・ホールだったであろうこの部屋はギャラリーになっている。

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たまたま、何かの写真撮影が行われていた。
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広場を囲む建物の回廊から見た風景。観光用の馬車があって、それがこの景色に彩りを添えていた。

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広場には、こんな洒落たベンチも。恋人同士がおしゃべりしている風景は、まさしく絵になっていた。
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アーケードもある。
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周辺はスペインや欧州をイメージさせる建物が結構ある。野口英世が黄熱病の研究をした病院(オーラン病院)がメリダにはあるらしいが、乗合バスで10分かかるというので、行くのをヤメた。旅の疲れはもうピークに達していたのだ。

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それでせめてもと中心部の散策は色々としてみた。
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先に書いたようにこじんまりとした中心街だが、スペイン統治時代の、かつ美しく保たれている建物は、十分に楽しむことができた。ただ、お土産を買うようなお店は、ここでは土産物店以外では難しい。それで、大きなマーケットがあると聞いたので、何か洒落たものでメキシコらしいものが見つからないかと、そこへ行ってみた。

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・・・うっく。東南アジアで見る発展途上国のマーケット同様でしたあ。それにしても不思議だ。南米も含めて、発展途上国のマーケットや売られているものは、大体世界共通なんだもの。時には、暮らす人々の風貌も。どんなに離れた国でも、また人種さえも超えて、作るものや欲するものが、人間は共通しているということなのかもしれない。




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# by yukaashiya | 2017-08-14 23:34 | 旅行編 | Comments(0)

パレンケ遺跡

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メキシコのパレンケ遺跡は、マヤ古典期後期を代表する遺跡。800年ものあいだ人々に忘れ去られていたが18世紀にスペイン人宣教師によって、ジャングルの中で発見された。世界遺産にも登録されている。ぜひもので行きたかった遺跡の1つで、場所が不便ながら中南米はバスが発達しているので訪れることができた(鉄道はほとんどない)。

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そのパレンケ遺跡のおかげだけで賑わっているような小さな町が、パレンケの町。約1ヶ月をかけての中南米の旅も終盤に差し掛かり、疲れがピークに達しつつあったここでは、とにかく移動が便利な宿を取ることにした。パレンケ遺跡へのバスが宿の斜め前から出発し、かつグアテマラのフローレスから移動してきた時と、パレンケの後に向かうメキシコ国内メリダへ向かうバスの乗降に便利な場所で、いわば安宿に宿泊した。

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            (木にこんなに真っ赤な花が咲く)

部屋もバスルームも広くて清潔で、Wifiサクサクでベッドも悪くなく、それでいて1泊2500円ぐらいだったから、こういう安宿なら悪くない。ここへの移動を共にしたフランス人は「僕には高い」と言って彼は1泊数百円の宿を探しに行ったけれど(笑)。

パレンケは、遺跡へ向かう乗り合いバス(約20分)が20ペソ(約120円)、遺跡がある公園へ入るための入場料32ペソ(約約190円)、遺跡への入場料70ペソ(約420円)と、何でも安かった。ただし、メキシコの街中では現在アメリカ・ドルは全く使えなくて、両替しなくちゃいけない面倒臭さはあった。

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      (遺跡のある公園には、こんなトロピカルな花も咲いている)

1つ苦心したのは、宿のスタッフがやっぱり英語を全く理解できないことだった。なぜなら、発つ日のバスは夜10時発だったので、チェックアウト時刻を延長して欲しかったのだが、最初に対応してくれた若い女性が、紙に時刻と提案料金を書いてさえも理解できないようだった。

どう書いたかははっきり覚えていないが、たとえば

check out on 2nd June at11am / 400 peso → check out on 2nd June at 9pm / 600peso

というふうに書いて、この金額でチェックアウト時刻を変えてくれないかなと尋ねてみたのだ。だけどその若い女性スタッフはチッェクアウトは午前11時で料金は400ペソと繰り返すばかり。全くラチが開かず、夕方になれば別のスタッフが来るというので、その人を待つことにした。夕方に来た年配の女性スタッフはやはりスペイン語しか話せなかったが私の書いたメモですぐにこちらの要求していることを理解してくれて、金額はもう少し上がったものの、やっと交渉成立。言葉が通じないというのは、本当に不便である。

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さて、パレンケ遺跡だが、このように公園の敷地内にある・・・と書いて、そのあともずっと写真アップロード&説明を書いたのだが、あと少しで終わりというところで、ページがクラッシュ! Exblogって、これがたびたびあるのよね。そのためここまではコピーを繰り返していたので貼り付けられたけど、あとは今日はもう疲れたので、写真だけでご勘弁を。以下、パレンケ遺跡でーす。

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おっと、ここはジャングルの中だけあって、けっこう蚊がいる。マラリアに感染する危険性があるので、長袖やスプレーで防御することを強くお勧めしておく。一般的な日本のものは効かないが(多くの東南アジア国でも日本の虫除けは大抵効かない)、私はディート30%の「サテラクト30」というミストを買って持って行き、その虫除けはしっかり効いてくれた。

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# by yukaashiya | 2017-08-13 05:41 | 旅行編 | Comments(0)

騙し取られた「出国税」という名の詐取金

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グアテマラのティカル遺跡を観た次に、目指すはメキシコのパレンケ遺跡。朝3時半に起きて5時発のバスに乗り、ボートで国境を越えてメキシコへ入り、再びバスに乗ってパレンケの町へ向かう。計9時間の旅だ(最終的には10時間かかった)。が、飛行機の便はこの間にないので、仕方ない。グアテマラ側の道路は日本人が「悪路」と呼んでいるようだが、要は舗装されていない道で、車両や運転手によっては乗り心地がひどいかもしれない。

わたしの場合は、車両こそ15人乗りぐらいのミニバスで古かったけど、助手席に座らせてもらえたことと、運転手が蛇行運転にはなるものの通る箇所を選びながら走ってくれたので、道中で爆睡したほど道の悪さを感じなかった(笑)。ちなみに、運転手は70歳ぐらいの男性だった。

バスは、ホテルに迎えに来てくれた。愛想もへったくれもないドライバーだったが、グアテマラ側でサヨナラする時に握手を求めて来てくれた(笑)。日本の外務省の海外安全ホームページではグアテマラ全土がレベル1の「十分注意してください」だったが、印象としては、グアテマラ人は往々にして人の良さが感じられる国民性のようだった。

ふと思い出したのが、隣国コスタ・リカから飛行機でグアテマラ入りした時(飛行機は40分の遅延)、わたしがカバンに入れていたバナナが入国時の荷物検査で引っかかった。持ち込んじゃダメなんだそうだ。担当係官は「食べて行けば」と笑う。「ここで?
いいの?」「そうしなよ」ってんで、わたしはフローレスの空港の荷物検査場で立ったままバナナを食べた(笑)。ふつう持ち込み不可のものを持ち込もうとした場合は無愛想に没収されるだけだから、こんな国、多分ほかにはないと思うよ(笑)。

メキシコ・パレンケへのバス&ボートの旅で助かったのは、同乗したフランス人旅行者がスペイン語を話せたこと(同乗者は1人だけだった)。彼は1年半をかけて南米〜中米を旅しているそうで、英語もスペイン語も堪能。バスの運転手やボート乗り場のスタッフも全員スペイン語しか話せなかったので、彼がいなかったらどうすればいいか分からなかった局面がたくさんあったもの。

それでも2人とも騙されたのが、グアテマラを出る時に支払わされた出国税。40ケツァルか5ドルを払えと出国審査時に請求されたのだ。グアテマラの場合、飛行機を使って出国する場合は空港で出国税(US$30)が請求されるが、陸路移動では発生しない。なのに、請求されたのである。

払わなきゃいいやん、と思うでしょう。だけど、ごねたり払わなかったりして、パスポートを返してくれなかったり出国を拒否されたり、あるいはちゃんと持ち歩いて審査時にも提出した入国カードをそんなもの受け取っていないと言われたりしたら後が大変なのである。だから審査場にいるお役人達は、旅行者相手に詐取できる。5ドル(約550円)という安い金額だし、陸路移動している旅行者たちは大抵がそのあと旅を続けるから、いちいち役所へ行って訴えたりしないだろう。そんなことに、貴重な時間を割きたくないからである。そうして、悪ははびこる。

ところで、日本政府が海外へ出る旅行者に対して出国税を設ける案を持っているようだが、出国税なんてものを徴収しているのは、発展途上国の、そのまた一部だけであることを、ここに記しておこう。

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          (メキシコ・パレンケの町)



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# by yukaashiya | 2017-08-04 02:05 | 旅行編 | Comments(0)

遺跡を観に泊まった「ペテン」県で泊まったホテルの名は・・・

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(グアテマラで見た、不思議な木)

南米の6カ国を抜けて中米のコスタ・リカへ入ったわたし。あれ、ブラジルやコロンビアへは行かなかったのかと旅行の話をした日本人100%に聞かれたが、どちらもわたしは観光する興味のある場所がなかったし、危険度の高い国だし、特にブラジルはビザを取らなきゃいけなくてそれに1週間程度の時間と1万円超の申請料金がかかる。見たいところがない、危険、時間と費用がかかりすぎと、三拍子そろって(?)マイナス要因があるところへわざわざ行く必要はないと判断したのである。唯一、アマゾンの奥地だけは興味があったが、マラリアに感染する危険性が高い。そんな冒険を、こんな歳になって(?)したくない気持ちもあった。

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そんなわけで中米へ北上し、コスタ・リカの次はグアテマラへやってきた。コスタ・リカの国際空港をお昼に出発してグアテマラの首都グアテマラ・シティを経由し、20時過ぎにフローレスという町に到着した。滞在したのはサンタ・エレナ地区のブティック・ホテルで自然を感じさせる素敵な宿だったが、なんと、着いた日の夜、シャワーを浴びている最中に街全体で断水・・・髪も体も洗い終わって最後に流している頃だったので何とか事なきを得たものの、中南米のインフラストラクチャーの脆弱さを改めて思い知らされた。

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ただ、このホテルのフロントにいた女性が同性でも素敵だと思わせる人で、しかも英語が堪能。ちゃんとした説明を受けてホテルのせいではないと納得できたことは、長旅で疲れている精神を落ち着けさせる効果として大きかった。だって今回の旅では、交通と宿の問題がありすぎだもの。

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このフローレスという土地へやってきたのは、遺跡へ行くことが目的である。マヤ遺跡としては最大規模で、ガイドブックによれば最も重要な都市遺跡として知られているそうだ。ユネスコの世界複合遺産に登録されており、グアテマラ最大の観光場所でもある。

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現地に着いてから簡単にツアーに申し込めそうだったので事前には予約しておらず(万が一の場合は自力でも行けるようだった)、空港からホテルまでの乗合バスの運転手がツアー会社も経営しているようだったので、そのおじさんに申し込んだ。片道1時間半ほどのホテルへの送迎とガイド付きで、約2500円(入場料は含まず)。安いっ!!!

ちなみに、ティカル遺跡があるのは、日本人なら笑ってしまいそうなネーミングの「ペテン」県である。

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ただし、ガイドはイマイチで、遺跡についての説明はほとんどなく、ガイド自身が興味を持っているらしい鳥の話とか遺跡には全然関係ない話の方が多かった。ガイドはどの国でも当たり外れがあるものだが、これまで旅してきた中で、最もひどいガイドだった。

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そんなわけで、今回は日本のガイドブックに頼らざるを得なかった。

このティカルには紀元前800年前から人が暮らし始め、何と紀元1世紀には王朝が成立。800年後にはそれが崩壊してしまうが、最盛期の8世紀には都市として約6万人が暮らしていたそうだ。

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ここはまさにジャングルの中にある遺跡で、IV神殿から望む遺跡を含めたこの眺望は特に素晴らしかった。ここまで登ると、時折ライオンか何か獰猛な動物が叫んでいるような声があちこちから聞こえてきたが、猿の声らしい。行って聞いたら、かなりびっくりするよ(笑)。

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ジャングルにはこんなカラフルな鳥も棲息しているらしいが、目撃することは叶わなかった。ま、そんなもんですよね。

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でも、こんな植物は見ることができました。

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遺跡には現在修復中の建物があるが、日本が費用面などかなり支援しているらしい。日本政府は自国の自然災害に遭った人々への支援は限定的だし年金問題などを含めてお金に関する問題がずっと山積みしているが、こんな風に外国にいろんな形でお金を配りまくっている。発展途上国の文化などを支援するのはとても良いことではあるが、まずは国民の暮らしを第一に考えるべきじゃないだろうか。どこの国だったかが行なったリサーチでは、日本国民の感じている幸福度は調査対象となった50カ国ぐらいの中でとてもとても低かった。

マジメな話の後になんだけど、わたしが泊まったホテルの名は「QUINTA MAYA」。日本語に替えると・・・(笑)。





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# by yukaashiya | 2017-08-01 01:48 | 旅行編 | Comments(0)

何もできなかったコスタ・リカ

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南米旅行に続いてやってきたのは中米のコスタ・リカ。首都はサン・ホセで、もっと自然の溢れる都市かと思っていたら、東南アジアの繁華街と似たような雰囲気。日本のガイドブックには「中米のスイス」と書いてあったが、わずかな建物が欧州的なだけであって、写真を撮りたくなるような建物はほとんどなかった。街頭では靴下や宝くじ、傘を売ってたり、ただおしゃべりをしているだけのおじさんやおばさんたち。もっと洗練された町だろうと推測していたので、がっかりした。

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ホテル・サイトで選んで泊まったホテルは幸い良い宿で、オープン仕立てのスペイン系のホテルだった。2つのフロアを吹き抜けにして中央にリビング・エリアがあり、それを囲んだ形で客室が並んでいる。それが2階と3階、4階と5階に作られているという珍しい作りだった。

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客室の天井は日本並みに低かったが、広くて快適。ベッドも寝心地が良かった。このホテルで3泊して自然保護区などへのツアーに参加して、ケツァール(手塚治虫氏の「火の鳥」のモデル担った鳥)や体が赤く足が青いイチゴヤドクガエルを見たかった。だけど、不可能だった。

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(中心分にある郵便局)

飛行機の遅延のせいでガラパゴスからの移動に余計な1日を使い、まずエクアドルのグアヤキルからコロンビアのボゴタ(ここでは中国のようにライターを没収される)を経由してコスタ・リカへ着いた日は移動のために夜中の2時起きでフラフラで到着し、しかもこの日はホテルの水道が故障のために止まり、手も洗えなければシャワーも浴びられない始末。何もできなかった。着いた翌日は、朝からトイレが故障して使えず。そんなこんなで予定していた片道4時間のモンテベルデ自然保護区へのツアーは断念。個人で公共バスを使って1時間程度で行ける自然地区へ行くことも考えたが、もうどうでもよくなった。3日目は大雨で、そんな中、自然地区へ行ったって鳥たちが姿を表すとは思えない。何から何まで不便な中、もういいやと、ほとんどホテルにいた。

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(アンネ・フランクの像。どうやらコスタ・リカにはユダヤ人が多いらしく、大きなコミュニティがあるという。キリスト教で言うところの教会「シナゴーク」がこの像の横に立っている)

食事だけはどうしようもないので出かけたが、特筆すべきことは何もない町だった。スーパーマーケットではUSDで買い物ができ、そのお釣りはコスタ・リカ・コロンでくれてそのレートはほとんど実質的な為替レートだったので良心的だったが、それぐらいか。
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いや、劇場は歴史の重みを感じさせてくれる美しさを誇っていた。当時あった「コーヒー税」で建てられたものなんだとか。

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町をブラブラしただけの、コスタ・リカ。何しに行ったんだろう・・・ま、南米旅行で疲れていたので、骨休めはできましたが。




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# by yukaashiya | 2017-07-30 03:06 | 旅行編 | Comments(0)